cafe impala|作家・池澤夏樹の公式サイト

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010 本は重いのか? その1

 スタッフが独立したのをきっかけに、先日、ワンルームマンションに事務所を移転した。
 鈴木成一デザイン室から独立して、最初は阿佐谷の自宅アパートから仕事をはじめた。そして神楽坂の矢来町、次は六丁目の神楽坂通り沿い、その次は北町。そして、そこから300メートルのところに引っ越した。神楽坂のなかをくるくるまわっている。

 阿佐谷の2DKのマンションの台所に積み上げるくらいだった書籍も、移転するたびに事務所が広くなって、倍々ゲームのように増えていった。
 ネットで本を購入することを憶えてからは、オランダやらイギリスやらアメリカ、フランス、ドイツと世界中から本が届くようになり、東京のデザイン書を扱う古書店と遜色ないほどの本を抱えることになってしまった。
 できるかぎり本や雑誌は整理したが、それでも気の遠くなるくらいの数の本を段ボール箱に詰め込んだ。

旧事務所の4.5畳の部屋に積み上げた段ボールの山。ひと部屋に入りきれなかった。

 依頼した引っ越し業者の段ボール箱は1種類で、そのサイズが問題だった。縦325ミリ×横450ミリ×高さ310ミリ。
 ピンとこないかもしれないけれど、その箱に本を詰め込んだらどうなる?
 それは大袈裟に言うと〝死を意味する〟。誰が?  じぶんが(笑)。
 本を段ボール箱に詰め、何段にも積み上げる。運ばれた段ボールの中身を出して、本棚にもどす。この一連の流れのなかでどれほど段ボールのサイズが重要であるのかぼくはよくわかっている。
〝引っ越す前〟と〝引っ越したあと〟が重要なのだ。

郵便局の段ボール箱(大)ひと箱に文庫本が104冊入った。引っ越し業者の段ボールに文庫本をいれてみると168冊入った。2つの箱の重さの違いは、文庫64冊分ということになる。文庫1冊300ページとすると、だいたい1冊の重さは150グラム。それが64冊で9600グラム。約1キログラムの差が引っ越しの生死を分けるのだ。

箱に詰める前の104冊の文庫本。ブックデザインの仕事をはじめてから22年が経つ。文庫も数え切れないほどデザインしてきた。

 引っ越し業者の段ボール箱を即座にことわった。自分で段ボール箱を調達せねばなるまい。
 事務所の最寄りの郵便局は牛込郵便局だ。ここは都内でも大きな郵便局だ。
「すみません、段ボール箱(大)を100個ください」 「ひゃ、百個ですか!」「少々お待ち下さい」 切手を100枚買いにくる客はいるだろうけど、段ボール箱を100個買いにくる客はおそらくいないだろう(笑)。

 段ボール箱100個では足りなかった。 翌々日、「すみません段ボール箱を50個ください」 さらに次の日、20個買いに行った時点で 「あのう、もうこれ以上、買いにこられることはありますか?」 「もう局内に段ボール箱が20個ありません」 「じゃあ、あるだけでいいから売ってください」 「申し訳ありません、他のお客さまもいらっしゃいますので……」

 神楽坂にはもう1店舗、小さな郵便局がある。そこで25個買った時点でそこも出禁になった(笑)。神楽坂のほとんどすべての段ボール箱(大)を年明け早々、買い占めたことになる。

事務所に入りきれない本を自宅に運び込んだら、うちの愛犬(ぽんず)の居場所を占領してしまった。

守先正

62年兵庫県生まれ。筑波大学芸術専門学群卒業、筑波大学大学院修士課程芸術研究科修了。花王株式会社(作成部)、筑波大学芸術学系助手、鈴木成一デザイン室を経て、96年モリサキデザイン設立,現在に至る。
池澤夏樹の著作では、『未来圏からの風』『この世界のぜんぶ』『異国の客』『セーヌの川辺』『ぼくたちが聖書について知りたかったこと』などを手がける。
https://www.facebook.com/morisakidesign/