008 18マイルをメートルに換算すると28.9キロ
先日、知り合いのデザイナーと話していて、驚いたことがある。
マンハッタンの中の老舗大型書店は、5番街にあるバーンズ・アンド・ノーブルとグリニッジビレッジにあるストランドブックストアのいまや2店舗しかないというのだ。そしてもう1店舗、大きな書店があって、それはアマゾン・ブックスだと。老舗の二つの書店は、どちらも苦戦しているらしい。
事務所に戻って、ネットでいろいろと検索してみた。マンハッタンのなかの地代が高騰して、多くの書店はクィーンズやブルックリンに移動しているみたいだ。薄利多売の書店がマンハッタンで生き残ることは難しい。
かたやアマゾンの実店舗は現在、セントラルパークの南西のコロンバスサークルと、エンパイアステートビルディングの北側の2店舗がある。これから先、アマゾンだけが実店舗をマンハッタンの中に増殖させるのではないだろうか?
“18 miles of books”というキャッチフレーズを持つ、1927年創業のストランドブックストア。ぼくにとっての聖地だ。
18マイルをメートルに換算すると28.9キロ。その書店にはじつに250万冊以上の蔵書があり、並べるとそのくらいの距離になるというのだ。すぐるちゃんと行ったけれど、あまりの本の多さに、いったいどこに何があるのかさっぱりわからなかった。もう一度、今度はひとりでこころおきなく、何時間もそこにいたいと思ったものだ。
当時ぼくは、エドワード・ウエストンという写真家の作品が好きだった。「あんなピーマンと貝殻と裸婦と砂丘を同じ調子で撮るひとのどこがいいの」という口さがない同級生もいたけど、ぼくはウエストンの精密な描写に魅力を感じていた。
ずいぶんとうろうろ探して、ようやく2階の“ART”と分類された一角でウエストンの写真集を見つけた。レジに持っていった時に、店員さんにいろいろと話しかけられた。最後に、「これはとってもいい本で、あなたはいい買い物をした」というのだけはなんとなく理解できた。写真集「SUPREME INSTANTS: THE PHOTOGRAPHY OF EDWARD WESTON」は、ニューヨーク旅行のいちばんの思い出の本だ。
あれから30年が経つ。見返しに、「3/1987 STRAND PRICE $30」とある。1987年当時、1ドルは150円くらいなので、4500円でその本を買ったことになる。高価な買い物だった。アマゾンでいまその本がいくらするのか調べてみると、「ハードカバー 2500円より」とある。30年の間に、ぼくは何度も引っ越した。この本はいつもぼくとともにある。本というのは値段だけでは計れない価値があるのだ。
東京からニューヨークまで、直線距離で10899km。マイルにすると6772マイル。ストランドブックストア376店分の距離だ。もう一度行きたい。
守先正
62年兵庫県生まれ。筑波大学芸術専門学群卒業、筑波大学大学院修士課程芸術研究科修了。花王株式会社(作成部)、筑波大学芸術学系助手、鈴木成一デザイン室を経て、96年モリサキデザイン設立,現在に至る。
池澤夏樹の著作では、『未来圏からの風』『この世界のぜんぶ』『異国の客』『セーヌの川辺』『ぼくたちが聖書について知りたかったこと』などを手がける。
https://www.facebook.com/morisakidesign/