005 わたしにもチェルシーください

    マンハッタンまでのただただ単調な道をぼくらはひたすら目指した。〝ぼくら〟というのは、ぼくとすぐるちゃんとルームシェアしているかれの友人のクリス。クリスがフィラデルフィアまで車で帰るというので、ニューヨークまで便乗させてもらったのだった。

 「なんだかぶっとばしてる」あまりのスピードにぼくは後部座席からスピードメーターを覗きこんだ。「80キロ?」以外と安全運転なのか? いや違った。すぐるちゃんに笑われた。「80マイルだよ」キロに換算すると130キロ近いスピードで飛ばしているのだ。

   うんざりするほどおなじ風景がえんえんとつづく道をひた走ると、シルバーとオレンジがないまぜになったシルエットが忽然とあらわれてきた。夕暮れのマンハッタンはじつに美しかった。橋を渡る頃にはそのシルエットは高層建築物に変わっていた。

 「すごいよ」昨夜からぼくは、はしゃいでいた。すぐるちゃんが「明日の宿は〝チェルシーホテルだよ〟」って言ったのだ。アーサー・C・クラークが「2001年宇宙の旅」を書いたことで有名なこのホテルは、ウィリアム・バロウズ、ロバート・メイプルソープ、パティ・スミス、ジャニス・ジョプリン、ボブ・ディラン……。有名無名のあまたの作家、詩人、アーティストやミュージシャンが滞在し、作品を生み出した伝説的なホテルだ。そんなところにこれから泊まろうとしている。

(手前左から反時計回りに)
1.  決定版『2001年宇宙の旅』アーサー・C・クラーク/伊藤典夫訳/ハヤカワ文庫
   アーサー・C・クラークは1956年から1977年まで実に21年もの間、チェルシー・ホテルの最上階のスイートルームに滞在した。そこで執筆した『2001年宇宙の旅』は、1968年に出版された。
2. 『裸のランチ』ウィリアム・バロウズ/鮎川信夫訳 河出文庫
     バロウズ、ギンズバーグ、ジャック・ケルアック……。1950年代、ビートニックの詩人たちは、チェルシー・ホテルに集っていた。『裸のランチ』は、パリのオリンピア社から1959年に出版された。パリからニューヨークにもどってきたバロウズは、直後の1964年5月から1965年9月まで滞在している。
3. 『ジャニス ブルースに死す』ディヴィド・ドルトレン/田川律・板倉まり訳 晶文社
     見開きの写真は、1970年撮影。チェルシーホテルの前のジャニス・ジョプリン。1970年6月セントラルパークでの野外コンサートが途中雨天中止となり、8月に再公演のためにニューヨークを訪れたときの宿はチェルシー・ホテルだった。

 

    クリスがホテルの目の前で降ろしてくれた。ぼくたちはいそいそとホテルにはいっていった。

「ノー リザベーションズ」

   若いフロントのかれは、ぼくらを一瞥して、冷たく言い放った。オレンジ色の室内のあかりが暗転した。すぐるちゃんがいくら話しても、「予約はない」の繰り返しだった。 暮れなずんだ見知らぬ街にほっぽり出されて、とても悲しくなった。すぐるちゃんがテレフォンボックスにはいっていった。

「ホテルとれたよ」ニューヨークの観光協会にデンワしてくれた。かれが持っていたアメリカン・エキスプレスのカードが決め手だった。アメックスの番号のほうが生身のにんげんより信用してもらえるところなのだ。ピーコックホテル(みたいな名前だったと思う)のダブルベッドがひとつ置いてあるだけの狭い部屋。すぐるちゃんとふたりでベッドに横になり、ぼくは、「あー!あついうどんが食べたい!」と叫んだのだった。「ほかに何が食べたいの?」すぐるちゃんは笑っていた。

(左奥から時計回りに)
1.  MEN’S BIGI MAGAZINE『VISAGE Vol.2 [ニューヨークの光とチェルシーの影 』
    数え上げたらきりがないほどの作家、詩人、アーティスト、ミュージシャンたちが1950年、60年、70年代にチェルシーホテルに集まってきた。そのなかのほんの一部のストーリーが紹介されている。表紙はパティ・スミス。撮影は、7年間チェルシー・ホテルで彼女と同棲していたロバート・メープルソープ。
2&3.  『ロバート・メープルソープ展 1992ー1993』
    東京都庭園美術館、水戸芸術館等々で開催されたメープルソープの大規模な回顧展のカタログ。メープルスソープは1989年3月、後天性免疫不全症候群(エイズ)で亡くなっている。カタログの最初の追悼文「瞑想[彼の儀式]はパティ・スミスが書いている。
4.  『Patti Smith Horses』ARISTAレコード/1975年に発表した初のスタジオ・アルバム。
  ジャケットの写真は1975年にメープルソープが撮影。場所は、彼の最大のパトロンであるアートコレクターのサム・ワグスタッフのペントハウス。12枚撮影したなかの1枚。
5.  『ジャスト・キッズ』パティ・スミス/にしむらじゅんこ、小林薫訳 UPLINK
    見開きの写真は1970年、チェルシー・ホテル204号室でのほとんど無名のふたり。
    パティ・スミスとロバート・メープルソープがいつどこで出会い、ホテル・チエルシーにたどり着いたのか。そしてふたりの永遠の別れまで、詳細にえがかれている。この本のなかに、ジャニス・ジョプリンなど幾人ものアーティストが登場する。当時のチェルシーホテルがどういうところであったのかがよくわかる。この本とメープルソープの展覧会の図録が紫色なのは、ふたりのキーカラーが紫色だから。彼と彼女が最初に出会ったときの贈り物のネックレスの色。

 

    2005年、18年ぶりにぼくは細君とニューヨークに行った。すぐるちゃんの友人のジョン君(ジョン・マエダ)をボストンのMITに訪ねる旅だった。こんどは飛行機でニューヨークに戻った。ミートパッキング・ディストリクトを歩いているときに、「ちょっと寄りたいところがある」と細君に言った。 中をきょろきょろ覗いてから、ぼくらはそのホテルのロビーの椅子にゆったり腰掛けた。ロビーに展示しているなんか出来損ないのアート作品をパチパチ撮りながら、そのときぼくは愉快な気持ちだった。こんどは予約なしで訪ねたんだけどね。

2005年8月。チェルシー・ホテルのロビーで撮影。
ロビーにはあまり出来の良くないアート作品がいくつも展示されていた。当時は、一文無しの無名のアーティストたちが作品を担保に宿を提供してもらえた。「世界一寛容でかけがえのない三等ホテル」と呼ばれたそのホテルは2011年、その役割を終えている。文字通り「伝説のホテル」になった。

守先正
62年兵庫県生まれ。筑波大学芸術専門学群卒業、筑波大学大学院修士課程芸術研究科修了。花王株式会社(作成部)、筑波大学芸術学系助手、鈴木成一デザイン室を経て、96年モリサキデザイン設立,現在に至る。
池澤夏樹の著作では、『未来圏からの風』『この世界のぜんぶ』『異国の客』『セーヌの川辺』『ぼくたちが聖書について知りたかったこと』などを手がける。
https://www.facebook.com/morisakidesign/