cafe impala|作家・池澤夏樹の公式サイト

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短篇小説

骨は珊瑚、眼は真珠

著者:池澤夏樹

死んだわたしは何も思わない。何も考えない。わたしはもういないのだ。
わたしはただおまえを見ている。

ここでいいんだ、とおまえは考える。ここが一番いい。苔のむした墓石などに封じ込めるよりは、この光の中へ放ってしまう方がずっといい―― 亡くなった夫の骨を砕き海に撒く妻に、遠くからそっと見守る夫がやさしく語りかける。空と海の透明な光に包まれた短編。

作品情報

文庫版所収の解説なし
短篇集『骨は珊瑚、眼は真珠』所収の短篇

発売日:2014/07/25
発行:株式会社ixtan
製作・発売:株式会社ボイジャー

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この作品のレビュー

  • 『 骨は珊瑚、眼は真珠 』

    死んだ夫は、愛する妻を見守る存在となり、自身の死について、そして妻への惜しみない愛情について語るのだった。

    「人の死」とはいかなるものか。この普遍的なテーマそのものを真正面から描こうとする時、ともすれば大げさになったり、お涙頂戴ものに終始してしまったりしがちだ。しかし、ひとたび池澤夏樹の手にかかれば、微細でありながら一切のムダを排除した、研ぎ澄まされた文章として、短編の中に凝縮される。

    〈おまえがわたしの骨を拾う〉——この一文で始まる冒頭のシーンでは、火葬場で焼かれた夫の骨を妻が箸で拾いながら、夫から託されたある頼みを実行するかどうか迷っている様子が描かれる。冷静でいながら、妻を優しく愛する語り手=夫の性格を端的に表現するシーンだ。

    それから夫は、葬儀とそれ以降の妻の様子を見守りながら、自身の生について死について、吐露していく。死んでしまった存在でありながら、妻を見つめ、想いを語る。明らかにファンタジーの世界だ。だが、自身の人生について、妻との生活について、そして死について微細に綴られた物語は、我々人間が、死ぬ時に遺すとしたら、こんな想いなのではないかということを普遍的に表現している。読者は人生の節々に読み返してみれば都度、新しい読み方が出来るはずだ。

    〈死んだわたしは何も思わない。何も考えない。わたしはもういないのだ。わたしはただおまえを見ている〉と言いながらも、事細かに物事を語りだす〈わたし〉は、ある意味で未練がましい男でもある。もっとも、そうであるとすると、評者としては次のように読みたくなる。一連の物語はひょっとしたら妻が書いたのではないか。夫の死を目の前にして、はじめて妻が夫に対しての想いをとつとつと文章にしたためたのではないか。あえて夫に成りきって、夫の視点で語ることで、夫にこころを寄り添わせながら、自身が思う夫の全てを吐き出し、紡いだのだ。目前に迫る死を従容する強さ。病床にありながら、駄洒落を言って妻を笑わそうとする不器用な優しさ。出来事一つ一つの詳細な描写が本作の魅力の一つであるが、たとえば夫の遺骨を乳鉢と乳棒を使って砕くシーンの微細な描写を見ても、妻が心を整理してゆくさまを想像すればうなずける。

    これは人間の死についての物語のみならず、夫から妻へ、そして妻から夫への相互にたゆたう愛の物語なのだ。

    林亮子
  • 『 骨は珊瑚、眼は真珠 』

    ココだけの話。

    死んだ夫が愛する妻を見守る切ないお話っていう外観を装ってるし、実際にそう読んでくれている人が大半だと思うけれど。

    実はこれ、妻であるあたしが書きました。

    夫との結婚生活の不満を上手く解消するためにしたためたってわけなんです。でも、正直に洗いざらい書いちゃったら、あたしが恨みつらみの末にあんなことやったって周りにバレちゃうじゃない。あんなことっていうのは、死んだ夫の骨をこなごなに砕いて沖縄の海に撒いたこと。幸い、夫に親戚はいないようなものだし、人付き合いもあまりない人だったから、バレる心配はなさそうだけど。法律で禁止されてるとか関係ない、あたしは夫が眠る墓の管理に人生縛られるなんて金輪際ゴメンなんだもの。だからあたしはまず、話の最初の部分で、散骨は〈夫の最後の頼み〉ってことにして、〈実行するかどうか〉迷うあたしの姿を書いたわ。もちろん、夫の視点でね。あ、散骨ってことは初めは明かさないで、中盤で読者に分かるように仕向けているの。いつも勿体ぶった物言いしかしない夫になぞらえてね。

    こんなことも書いた。〈わたしが死を騒がずに受け入れた理由がもう一つある。この十年、つまりおまえと一緒になってから、わたしは大変に幸福だった〉……そりゃそうよ、そう思ってもらわなきゃ困るわよ。あなたとの生活に耐え抜いたあたしの努力が報われないわよ。

    だからそうそう、あたしは文中でしれっと自分を誉めることも忘れない。何も知らずに読む人は、慈愛に満ちた夫とその愛に応える健気な妻が紡ぐ生と死を巡る美しいストーリーとして読んでくれるはず。誰も傷付かないどころか、みんなが得する物語。「語り手=夫」にした効果は絶大ね。あたしって天才かもしれないわ。

    感動的なストーリーの本当の顔は、ある意味究極の恐怖小説かもね。

    まあ、このことはあたしの胸の中だけに秘めておいて、墓場まで持っていくつもり。えええ、あたしはお墓に入らせてもらいますよ、あなたなんかと違って。

    林亮子
公開:2015年09月21日 - 最終更新:2019年03月21日