終わりと始まり
何かを終わらせ、何かを始めるためには、一つの積極的な意志が要る。
朝日新聞好評連載中の社会批評「終わりと始まり」。その2009年〜2013年掲載分を収録。日常の暮らしや社会現象、政治の動向を題材として取り上げ、それぞれの奥に隠れた原理に光を当てる、深い思索の名コラム集。
作品情報
発売日:2014/09/25
発行:株式会社ixtan
製作・発売:株式会社ボイジャー
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この作品のレビュー
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『 終わりと始まり 』
情報を知識に、知識を知恵に昇華させてくれる本だと言える。(念のため・・・この本は、朝日新聞に毎月連載の名物コラムをまとめたものだ)圧倒的な知識と教養をベースにして、古今東西の賢人たちから受け継いだ池澤夏樹の「知恵」をフィルターとして、実にバラエティー豊かで興味深いトピックを切り口に論じてくれる、本当に中身の濃い本だ。
僕たちは、どの時代にどこに生まれるかを選べない。でも生き方を選ぶことはできるので、それが僕らの「人生や社会のテーマ」と重なっていくはずである。まずは、自分がどのような世界(または社会)で生きているかを知ることが「始まり」である。それから、どのような世界をみんなと共有したいのか、「理想」を思い描いてみる。僕たちの生きる現実が、望んでいる世界やあるべき社会と大きく懸け離れているのなら、何かを「終わり」にしなくてはいけない。(行き過ぎた資本主義も、とっくに限界のはずだ・・)そこに、また新しい「始まり」が生まれる。シンボルスカの詩から取った、この本のタイトル『終わりと始まり』には、そういった思いが込められている。
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僕らの生きる時代は、実に混沌としている。「情報の洪水時代」とも言える今日では、我々自身がいかに激しい諜報戦にさらされて、毎日を過ごしているのかを自覚しなくては、「1%の彼ら」の思惑に流されるばかりである。(それは、自由を求めて自分らしく生きたいと願う者には、実に悔しいことだ・・)だからこそ、僕らは情報量に重きを置くのではなく、「健全な世界観」を育ててくれる情報源と質(つまり、書き手の世界観)にこだわり続けることが不可欠だと思う。その世界観こそが、その人の人生を創り、世界を創り上げて行く「源泉」だからだ。
『終わりと始まり』は、毎月1回のペースで連載されていて、今日まで6年もの長期連載となっている。時代の転換期となった「3・11東日本大震災」を挟んだことで、『終わりと始まり』のタイトルは時代を表す表題となり、そして著者が論じる文章の内容も、より一層、重要な意味を持つようになった。この混迷とした世の中を生きる上で、「大切な知恵」を与え続けてくれる、まさに極上の『言葉の流星群』だ。
毎回、切り口となる話題は驚くほど広く、流行に流されることはなく、その言葉はいつも深く重みがある。著者のファンなら誰もが知っているように、「池澤夏樹」という重厚なフィルターを持って見るその世界観は、「先人の知恵」と「自然界の摂理」への深いリスペクト(敬意)を土壌にしている。その魂こそが、時代を超えて、場所を超えて、受け継がれてきた宝なのだ。(少なくとも、僕はそう信じている)だからこそ、これほどの幅広いトピック(当然、文学も文化も、政治も社会も、フクシマも沖縄も・・・)を扱っても、フェアな視点がぶれることがない。それがずっと継続して連載されることで、著者と読者の間に信頼感が生まれる。結果として、読み手の心に格別に響く「ことば」となるのだ。
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自分以外(の利益)を大事にすることが「愛」の源であるのならば、このコラムを通して著者が最も伝えたいことは、社会的弱者に対する「愛」であると思う。マザー・テレサは「愛の反対は憎しみではなく無関心である」という名言を残した。関心を持つべきことに関心を持つ大切さを訴え、常にフェアな視点で権力を畏れずにものを申す勇気を持ち、それでも知的で爽快な「ユーモアセンス」を忘れない。底の見えない「知識と視野の広さ」に毎月驚かされ感動する。実に、学ぶことが多い、愛情に溢れた本だ。
そもそも「民主主義」だって(いまだ不完全であるが・・)、みんながそれを望んだから実現したのだ。著者は、本当にみんながそう思えば、「未来を変えることだってできるのさ」と訴えかける。「健全な世界観」に基づいた社会を誰もが望んでいる。平和で自然に優しい社会、謙遜で身の丈に合った社会、弱者を見捨てない愛に溢れた「共存する社会」を実現させたいという思い。そのために、みんなが意識を変えること。著者の本当の意図はそこにあると信じている。
無益で強欲な利権支配を終わらせて、新しい「共生する時代」を僕たちは本当に創れるだろうか?若者が「希望」を持てないと言われる今の日本。だいたい「希望」がない世の中なんて面白くない。この本を読んで、自分たちの未来を変えるのは「自分たち」だと言う「意志」と「希望」を持つ人が、一人でも増えてほしいと心から願う。強奪と戦争に明け暮れた人類の「過去」を繰り返さないためにも、そして僕たちが希望を持って「現在」を生きるためにも、健全な「未来」を目指すためにも、羅針盤やコンパスとなる「ガイドブック」となる本、それが『終わりと始まり』だ。
追記
このレビューを書いていた9月22日に、僕の長男が誕生した。この子の生きる将来の世界を切に思う。みんなに優しい平和な社会、美しい自然環境や「未来」を、これ以上奪わないように・・・今、僕たちができる最大限の努力をしていきたい。
谷萩真樹