2016625日 天気:晴れのち雨

 

『沖縄式風力発言』

 元海兵隊員によって殺害された女性の追悼集会は、古謝美佐子さんの「童神」から始まった。
 古謝さんは、天からの恵みである愛しい我が子が健やかに、立派な人になりますように、という母の祈りを泣きながら歌われた。参加した人も参加できなかった人も、きっと泣いていた。
 生まれた我が子への思いがこもった「童神」が鎮魂歌として歌われたこと。それが、さらに悲しみを深めた。
 こうして多くの人が集まっても彼女は戻らない。遺族の悲しみを癒すことはできない。そうわかっていても、人々はみな、集まらずにはいられなかった。
 垂らした頭から絶え間なく汗が流れ、ぽとぽとと地面に落ちる。
 数万の人々が動かず、言葉を発さず、「童神」を静かに聴いていた。
 命が誕生した喜びと慈しみに溢れた歌が真っ青な空へと消えていく。
 
 沖縄には「命どぅ宝」といういい言葉がありますね。本当のところあれはどういう意味だろうとぼくはずっと考えてきました。あれは国家の論理が殺すことを命ずる時、あるいは、殺されることまで命ずる時に、もう一度個人の論理に立ち返って、自分の生命をすべての基礎、存在の源であると再確認する言葉だと思います。国の論理を超えて個人の論理がある。つまり、ひとりひとりの主観の論理、個人の論理、人の論理に返らなければならない。それが全部の基本なんだという、そのひっくり返しの、戦争の状況の中で、もう一ぺん自分を取り戻すための、何ていうのかな、励ましの言葉というか、そういう風に聞こえるんですよ。―――『
沖縄式風力発言 ふぇーぬしまじま講演集』より
 
 この一節を読み、改めて「命どぅ宝」という言葉の素晴らしさを知った。
 著者が沖縄に移住して、島のあちこちで行った講演集。
 約20年前に発行された本とは思えないほど瑞々しい言葉に気づかされることが多かった。普遍的なテーマが多いが、古くさくない。思考するわたしを優しく手助けしてくれる。
 
 さきほどの一節に戻って。
 命こそが宝である。新しい命が誕生したとき、わたしたちは喜び、おおいに祝福する。命を粗末にしてはいけないのだと教えられる。
 しかし、殺す、殺されることを命じられたとき、もう一度個人の論理に立ち返り、自分の生命をすべての基礎、存在の源であると再確認するための言葉だとは、考えてもみなかった。
 人間の尊厳を保つための言葉だ。
 
 今回の事件を政治的に利用しないでほしいと言う人がいた。
 だれがそんなことをするか、と思う。
 あの日集まった人には(集まれなかった人も)、それこそ、ひとりひとりの主観の論理、個人の論理、人の論理があった。
 彼女の命の尊さ。
 命が奪われる苦しさ、また同じことが繰り返されたという無念さ、悲しみ。
 みなそれぞれの想いを消化できず、居ても立ってもいられず集まったのではないのか。わたしはそうだった。
 わたしたちは、ひとりひとりが論理を持っている。
 だから、憎しみに支配されたりはしない。どんなに怒っても、心を踏みにじられても、犯罪を犯した個人に石を投げたりしない。
 どうしてこのような犯罪が起こってしまったのか。沖縄人は犯罪をつくり出した背景、システムを見ている。存在の源を犯していくもの。宝である命を奪っていくもの。
「命どぅ宝」
 子として、親として、人として、わたしとして、この倫理は揺るがない。       
 
 嵐吹きすさむ 渡るこの浮世 母の祈り込め 永遠の花咲かそ
 イラヨーヘイ イラヨーホイ イラヨー 愛し思産子(愛しい我が子)
 泣くなよーや ヘイヨー ヘイヨー 天の光受けて
 ゆーいりよーやー ヘイヨー ヘイヨー 天高く育て――― 古謝美佐子


 
(宮里 綾羽)

 
沖縄式風力発言 ~ふぇーぬしまじま講演集~
池澤夏樹著 1997年 ボーダーインク
 
配信申し込みはこちら
毎月第2/第4土曜日配信予定

【本日の栄町市場】

 市場には肉屋が数件ある。市場の人たちにはそれぞれ贔屓の店がある。
 わたしの贔屓の肉屋は「安座間精肉店」だ。
 店主のみゆきさんは、孫がいるとは思えないほど細身で若々しい。テキパキと働く姿は見ていて気持ちがよいくらいだ。性格もサバサバしている。好き嫌いもはっきりしているんじゃないかな。多分。
 わたしは、みゆきさんに気に入られていると思う。多分。
 気に入られた理由はこれだ。
「安座間精肉店」をはじめて訪れた日。
 みゆきさんは少しも笑わずにわたしを見ている。初めてのお客か。だー、何を頼むか楽しみだ、言ってごらん? とでも言いたげな雰囲気。多分。
「家でサムギョプサルをやるので脂身の多い三枚肉」と言ったわたしに、彼女はニコッと笑った。合格。
「あんた、わかってるね。そう、肉は脂身が美味しいんだよ。おばさんがさ、よく脂身のないやつとか言うけどさ、あれさ、脂身のせいじゃないから。太ってるのは脂身のせいじゃない」
 肉を理由に太ってるんじゃないよ!美味しい肉に罪はないよ!とでも言いたげなみゆきさん。
 たしかに、みゆきさん夫妻は揃って細身でスタイルがいい。
 脂身なしねーと言っているおばさんたちは、、、たしかに、脂身のせいだけではないはずね、、、
宮里綾羽
沖縄県那覇市生まれ。
多摩美術大学卒業。
2014年4月から宮里小書店の副店長となり、栄町市場に座る。
市場でたくましく生きる人たちにもまれながら、日々市場の住人として成長中。
ちなみに、宮里小書店の店員は店長と副店長。
Share
Tweet
+1
Forward

配信の解除、アドレス変更

cafe@impala.co.jp

※アドレス変更の場合は現在のアドレスを一度解除して頂いた後、
新しいアドレスでの再登録をお願い致します。

ご意見・お問い合わせ
cafe@impala.co.jp

当メールマガジン全体の内容の変更がない限り、転送は自由です。

転載については許可が必要です。

発行:株式会社 i x t a n
   〒150-0001東京都渋谷区神宮前4-18-6岩動ビル3F

2016©Ayaha Miyazato, Takashi Ito






This email was sent to *|EMAIL|*
why did I get this?    unsubscribe from this list    update subscription preferences
*|LIST:ADDRESSLINE|*

*|REWARDS|*