2016312日 天気:晴れときどき曇り

 

『春を恨んだりはしない』

「こういう時こそ、お祝いをきちんとして前へ出なければいけない。お祝い事とは、未来に繋がっているからおめでたいのだ」
 ある結婚式の祝辞で聞いた言葉が忘れられない。
 
 その結婚式は2011年3月19日に行われた。大震災の8日後。
 地震が起こった当初、新郎新婦はこの地震がこんなにも大きく、未曾有の惨事になるとは想像もしていなかった。日が経つにつれ、事態の悲惨さを知るにつれ、結婚式を中止しようと話し合った。
 特に、新郎の両親は東北出身で兄や多くの親族が福島県と宮城県に住んでいたため、彼は眠らずに情報を集めた。たった1週間で驚くほどやつれていった。
 なぜ、こんな時期に結婚式を決めたのだろうと自分たちを責めたし、招待した人たち、なによりも被災した兄や親族に申し訳なかった。
 ふたりは結婚式の中止を決めて、お互いの両親に報告した。
 両親たちは遠方から来る招待客や式場のことを考え、中止することに反対した。結局、結婚式は行われることになったが、式当日の朝もふたりの気持ちが晴れることはなかった。
 家族や親戚が突然、日常から投げ出され絶望の中にいるであろうときに結婚式を挙げる罪悪感。それは、式が始まってからも拭えずにいた。
 新郎は式が始まってからも祝福を受けることに後ろめたさを感じているように見えた。
 
 でも、冒頭の祝辞を聞いたとき、新郎ははじめて自分でもこの結婚を祝福しようと思ったそうだ。この言葉に救われたのだ。
 その場にいた両家の両親、親族、列席した友人たちも。
 これからどうなるのだろう、以前に戻ることができるのかと誰もが途方に暮れていたときだった。
 わたしが見た限り、とてもいい式だったと思う。誰もがふたりを祝福していたし、参列した全員に不思議な一体感が生まれたように見えた。
春を恨んだりはしない』を読むとき、この結婚式を必ず思い出す。
 あの頃、作者は東北と日常を行き来しながら、感情を大きく揺さぶられながらこの本を書き上げた。
 静かな言葉なのに、感情の昂り、揺れが沸々とわたしの体の中で湧いてくる。
 苦しくてのたうち回りそうなのに、心がロープできつく縛られて身動きがとれない。 
 5年前のわたしや新郎新婦の気持ち。
 この本を開くたびにあのころの気持ちが鮮明に蘇ってくる。
 わたしは薄情で忘れやすい人間だから。だからこそ、いつまでもこの本をそばに置きたいと思うし、開きたい。
 
 ダンスを踊ってはいけないのではない。東北の人々と共に踊る日のためにできることのすべてをした上で、その日を待ちながら、1人ででも踊る―――『春を恨んだりはしない』より
 
「こういう時こそ、お祝いをきちんとして前へ出なければいけない。お祝い事とは、未来に繋がっているからおめでたいのだ」
 わたしはこの言葉を忘れない。あの結婚式のとき、心に刻んだこの言葉はこれからもわたしを支えてくれるだろうから。
 
 人は自然の前では無力だ。大きな力に抗えず太刀打ちできないことに愕然とする。絶望する。
 でも、明日は平気な顔でやってくる。春はやってくる。
 わたしたちは生きていく。絶望の中から小さな芽を見つけて育んでいく。
 だからこそ、言葉に救われることがあるのだと、あの日、私は初めて知った。
 はじめて言葉で救われるという体験をした。
 
 自然には現在しかない。事象は今という瞬間にしか属さない。だから結果に対して無関心なのだ。人間はすべての過去を言葉の形で心の内に持ったまま今を生きる。記憶を保ってゆくのも想像力の働きではないか。過去の自分との会話ではないか。―――『春を恨んだりはしない』より

 
(宮里 綾羽)
 
春を恨んだりはしない~震災をめぐって考えたこと~
池澤夏樹著 2011年 中央公論新社
配信申し込みはこちら
毎月第2/第4土曜日配信予定

【本日の栄町市場】

 小書店というくらいだから「宮里小書店」は市場の中でも小さいほうだと思う。でも、市場にはもっと小さな店がある。例えば、「首里餅菓子屋」だ。
 首里の本店は立ち退きで浦添に移った。今、首里にあるのは本店ではないそうだ。

 栄町市場の首里餅菓子屋は広さ二畳くらい。ガラスケースがスージグヮーに向かって置かれている。
 ケースの中には午前中には売り切れてしまうことが多い餅と菓子、それと、拝みセットが置かれている。ウチカビ(あの世のお金。燃やしてあの世の祖先へ送る)や線香、ロウソクなど。
「一箇所で買えたほうがいいでしょー、餅も拝みも」と、店番のNさんが笑う。
正月、旧正月、シーミー(清明祭)、旧盆、ほかにもたくさんの行事がある沖縄では一年中餅を食べる機会がある。
 行事だけでなく仏壇、御嶽、ヒヌカン(火の神)など、餅を供える場所も多い。
 小さな「首里餅菓子屋」のガラスケースの中にある、餅と拝みセット。
 沖縄人の信仰心と風習が見える。生活に溶け込んだこの風景が好きだ。
宮里綾羽
沖縄県那覇市生まれ。
多摩美術大学卒業。
2014年4月から宮里小書店の副店長となり、栄町市場に座る。
市場でたくましく生きる人たちにもまれながら、日々市場の住人として成長中。
ちなみに、宮里小書店の店員は店長と副店長。
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2016©Ayaha Miyazato, Takashi Ito






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