20171216日 天気:曇り

 

『世界一しあわせなタバコの木。』

「トリック、トリック!」
 歩道に腰掛けて話し込む男たち、バイクに乗る男、レストランの男が彼を見るたび、「トリック、トリック!」と手の親指と人差し指だけを立てて手首をクルクルと回す。どの男も決まって、満面の笑みで。
 村中でこの不思議な現象に遭遇する一時間ほど前のこと。
 彼は村の広場でBMXという小さな競技用の自転車をクルクルと回したり、ジャンプをしたり、様々な技を繰り出していた。
 日本から持って来たBMXに乗った彼とレンタル自転車に乗ったわたしは、村の道を並んで走っていた。途中に現れた広場の地面が技をするにはよい具合だったらしく、彼は少しだけBMXをクルッと回した。
 すると、広場の端っこにいた二、三人の子どもたちがはにかみながら近づいて来る。彼がもう一度、クルッとBMXを回すと、子どもたちが増えた。
 子どもたちはみんな、最初は恥ずかしそうに見ているだけだったのに、子どもの数が増えて気が大きくなったのか、もう一回!もう一回!と人差し指を立てて要求してくる。もう一度、クルッ。
「ワー」と子どもたちが騒ぐ。すると、どこからともなく、また子どもたちがやって来る。もう一回!もう一回!
 彼が自転車を回す度に子どもが増え、いつの間にか子どもだけの人だかりができた。技が繰り出されるたび、子どもたちの大きな目は更に大きく見開かれ、爛々と輝く。
 そのうち、ぼくもやってみたい!と言う子が続々登場して、彼は子どもたちにBMXを教えはじめた。広場はちょっとしたBMX教室になった。
 彼らは少しも飽きることなく、果敢にBMXに挑戦する。みんな運動神経が良くて、バランスを取るのが難しいBMXのハンドルから手を離したり、少しだけジャンプができるようになった。仲間たちが小さな技に挑戦するたび、「オー」とざわめきが起きる。誰かが失敗しておどけると、広場は大きな笑い声で包まれた。
 
 みんなに見えるように日の当たるところに出て、それで鶴を折った。彼の手先を見ようと子供たちが少し近づいてきた。折りながら時々目を上げて彼らを見る。笑いかけると、みんな困ったように顔を見合わせて、それでも恥ずかしそうに笑う。できた鶴を子供の一人に差し出した。はじめは遠慮していたが、やがて手を伸ばして受け取った。小さな紙の鶴をそっと持つ。他の子がその子を囲んでうらやましそうに見た。みんなの分だけ鶴を折ってやった。こうやって彼は子供たちと仲良くなった。―――『世界一しあわせなタバコの木。
 
 ヒマラヤ山脈を登る青年は途中、貧しい身なりの若者に出会う。若者の顔がひどく懐かしいもので、青年は彼の村に行ってみようと衝動的に決める。
 二日かけて目的の村へ辿り着いた途端、青年は安堵と疲れで眠りに落ちてしまう。そんな青年を村の子どもたちが発見する。恥ずかしがりやの子どもたちと仲良くなった青年は子どもたちの案内で村にしばらく滞在することになった。
 老夫婦の家に住み、子どもたちとヤギの餌のために草刈りをし、友ができ、少しだけ恋もした。やがて、青年はジャクリ(祈祷師)から自分と村の関係を教えてもらう。その関係についてはぜひ、この美しい物語『世界一しあわせなタバコの木。』を読んでほしい。
 
 彼が行く先々で「トリック、トリック!」と男たちに声を掛けられていたのは、「小さな自転車に乗る日本人が面白い技をたくさん見せてくれる」と広場にいた子どもたちが村中に教えて回ったからだろう。どこへ行っても飲み物をもらい、果物を渡され、話し掛けられた。
 子どもたちが村と村の大人たちへの入口になってくれたのだ。『世界一しあわせなタバコの木。』の子どもたちのように。
 面白いと感じれば、ずっと続けたいと言う。
 楽しいと感じれば、もっと一緒にいたいし、みんなにも教えたい。
 その純粋で躊躇のない行動が、よそ者のわたしたちを村の入口まで導いてくれた気がした。垣間見ただけかもしれないけど、それでも、嬉しかった。
 
 もうひとつ、この本で好きな一節。
「一日一日が楽しくて、夜はすっかり満足した寝床に入る。明日の心配は何もない。これが人が生きるということかと彼は思った。」
 子どもだったころ、わたしもこうやって一日を終えていた。遊んで、疲れ果てて眠る。
 もう、そうやって暮らせないとはわかっていても、それを思い出せたことで、子ども時代の楽しい記憶に浸ることができた。それは、とても幸福で満たされた時間だった。

 
(宮里 綾羽)
 
世界一しあわせなタバコの木。
池澤夏樹・渡邉良重共著 1997年 絵本館
配信申し込みはこちら
毎月第2/第4土曜日配信予定

【本日の栄町市場】

「そうだ、昨日さー、観光客かなー?内地からのお客さんが来てさ、島ぞーりを買いたいって言うのよ。でも、与那嶺のお父さんが休んでるさーね。こっちに住んでるお客さんだったら、また明日来てくださいねって言うんだけど、もうすぐ飛行機に乗って帰るって言うわけよ。だから、仲村さんのところから入って、与那嶺さんのお店開けて売ったよー」
 そこまで一気に話したのは、向かいの金城さんだ。内地からのお客さんが島ぞ―りを買いに「与那嶺靴店」にやって来たけれど店が閉まっていて、隣の「金城商店」に駆け込んだらしい。これは可哀想、と金城さんは「衣料品の店 仲村」と協力して秘密の通路を使って「与那嶺靴店」を開けたらしい。
 秘密の通路は店と店の間にあって、この一角ならば8軒の店を繋ぐ。通路は一直線ではなく、枝葉のように伸びている。そして、一目見ただけでは分からないようにこっそり隠されているのだ。
 と、こんな風に知ったように書いていますが、わたしも今回はじめて知ったのです!秘密の通路!いやぁ、まだまだ知らないことばかりの栄町市場です。
 お客さんのため、いざという時に限って使われる秘密の通路。店と店を繋ぐだけじゃなく、お客さんのために活躍するときをいつも静かに待っている。
宮里綾羽
沖縄県那覇市生まれ。
多摩美術大学卒業。
2014年4月から宮里小書店の副店長となり、栄町市場に座る。
市場でたくましく生きる人たちにもまれながら、日々市場の住人として成長中。
ちなみに、宮里小書店の店員は店長と副店長。
『本日の栄町市場と、旅する小書店』(ボーダーインク)。
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2017©Ayaha Miyazato, Takashi Ito






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