20151212日 天気:曇りときどき晴れ

 

『ヘルシンキ』

 男が北国で知り合った父娘。親子でありながら、異なった国に住み、日常の言語が違うためにお互いを十分に理解し合えず、お互いを失っている。
 自分も同じだと男は思った。同じ言語を話しながらも、通じ合わない男と妻。
 
 どんな結婚でも疲れます、と私は言った。すべての結婚は国際結婚だと言った人がいる。Mixed marriageですよ。出会う二人は同じ国で同じ言葉の出身だって文化的背景は違うんだから。まして性格はね。
———ヘルシンキ』より
 
 夏の間は観光客で賑わっている船も、冬のせいだろう、席がほとんど空いている。いつもより揺れが強い気がしたが、すぐに眠りに落ちた。
 島に着き、自転車を借りる。長く続く白い砂利道を漕ぎ続けると岬が見えてくる。いつもは佇むわけでも、海を眺めるわけでもない。自転車で岬まで走ることが昔からの習慣になっているだけ。
 はじめてひとりで来た岬。綺麗な海が見渡せるはずだったが、冬の海は冷たく少し怖い気さえした。青い海を見れば心も晴れるはずだと思っていたから肩透かしされた気分でもう一度自転車にまたがる。
 島の南東側の砂浜へ移動する。海に向かって座り本を開くが寒さで頭に入ってこない。聞こえてくるのは波の音と風にはためく木々の音。
 やがて寒さに気が付かなくなった。だいぶ時間が経っていた。
 
 誰もいない林の中にいる自分。私だけがいる。木々の梢のずっと向こうに淡い太陽がおぼろに見える。もう間もなく沈む太陽だ。その後は濃い闇か星月夜か。ここでは月も高くは昇らない。
 私は木だ。林の中の一本の木。一本の木には何枚の葉があるかと私に問うたのは誰だっただろう。木である私はずっと昔の記憶しか持たず、ただそこに立って夏の美しい光と冬の弱い光を浴び、雨と雪と風を享け、一日単位の深呼吸をしている。木々は並び立っていつまでも生きしかも言葉を必要としない、と私は考えた。
———ヘルシンキ』より
 
 言葉が必要ない場所。私だけしか存在しない場所。
 たまに、本当にたまにだけれどそんな場所へ行けたらと思う。
 水筒に入れてきた紅茶を飲んだ。冷えきった体に温かさがゆっくりと広がる。
 空を覆っている灰色の雲間から陽光が差し込んできた。鮮やかさを失った冬の海が煌めき始める。いや、水面に光が踊り始めたように見えた。
 やがて、私はまた誰かの声を聞きたくなる。


 
(宮里 綾羽)

 
ヘルシンキ
池澤夏樹2007年 新潮社
 
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毎月第2/第4土曜日配信予定

【本日の栄町市場】

 トンネルを抜けるとそこは八百屋だったり、肉屋だったり、乾物屋だったり、おじぃだったり、おばぁだったりする。
 栄町市場は無数のスージグワァー(小路)で成り立っている。スージグワァーはだいたいが建物の中に存在しているから、小さなトンネルのようだ。
 迷路のように入り組んでいるため、最初は市場内の地理を覚えるのに苦労した。
 目的地に辿り着かないのもよくあること。小書店前のスージグワァーを何度も行き来する人を見掛ける。そういうときは、声を掛けて目的地まで案内する。
 左右のシャッターが締まったスージグワァーは暗くて夏場でもひんやりとしている。市場の雑音も遮断され、外界から取り残された気分になる。トンネルを抜けると、すぐに明るい市場に戻るのだが、できることなら少しだけ立ち止まってみたい。
 そう、私はまだ立ち止まったことがない。
「あら?迷ったの?だー、どこに行きたいの?」
市場の人は本当に親切だ。
宮里綾羽
沖縄県那覇市生まれ。
多摩美術大学卒業。
2014年4月から宮里小書店の副店長となり、栄町市場に座る。
市場でたくましく生きる人たちにもまれながら、日々市場の住人として成長中。
ちなみに、宮里小書店の店員は店長と副店長。

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2015©Ayaha Miyazato, Takashi Ito






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