2015425日 天気:晴れ

 

『クジラが見る夢』

 沖縄。栄町市場の宮里小書店より。
 2013年の6月に栄町市場でひっそりとオープンした宮里小書店。主に古本を扱う小さな書店だ。
 訪れる人は一目見て、なぜ「古書店」ではなく「小書店」なのか、すぐにわかってしまう。それくらい小さくてへんてこな造りの店だ。
 小書店の向かいには、栄町市場歴36年のKさんの店がある。Kさんの店では、主にベビー服と肌着を扱う。小書店とKさんの店を隔てる壁はなく、つの店はシェアハウスよろしく、シェアショップとして1つの空間に共存している。
 つの店の間には、実は小さなスージグワァー(路地)がある。空間にあまりに馴染んでいるため、通路だとは気づかない人も多い。
 
 栄町市場には、一瞬、那覇の街から取り残されてしまったかのように、市場全体が静かに呼吸する時間がある。
 人も動物もぱたりと消え、時間が止まってしまったような瞬間。店番をするカウンターから見えるのは、大きく開けた入口の外に広がる風景。その風景がぴくりとも動かない。
 行き交う者はだれ一人いない。向かいのKさんを見ると、いつものように、腕を組んで居眠りをしている。
 こちらは眠りそびれて、本を広げる。イルカと泳ぐ男の話だ。
 その男は、かつての素潜り世界記録樹立者ジャック・マイヨールだ。
 透き通った青の中で魚のように泳ぐジャック・マイヨールとイルカたちの写真。
 ひたすら美しいその姿は、私たちの思い描く彼だ。海に溶けているような姿。
 彼が深海へ潜れば潜るほど青は濃くなっていき、やがて光の届かない世界になる。
 
 古代の沖縄人はニライ・カナイを「青の世界」と観じていたのとおなじく、死者の往くところも「青の世界」と想念していた——— 
 太古の時代から、人々は海の彼方、ボーッとかすんだ肉眼では見えないところに憧れつづけ、やがてそこをニライ・カナイ、あるいはテルコ・ナルコと称し、青の世界とも想念したのである———『神と村』より
 ニライ・カナイとは、豊穣や生命の源であると同時に、死後の世界でもある。
 古代沖縄人が肉眼では見えない水平線の向こうをボーッと見ながら、ニライ・カナイを夢見ていた姿が、『クジラが見る夢』のジャックと重なった。
 
 じっと海の方を見ている。その不思議な表情をぼくは横の方から盗み見ていた。心の底から満ち足りていると同時に、どこか淋しいような顔———
 彼の気持ちの最も深いところには地上を捨てて水の中に帰ってゆきたいという夢想があるのだ———『クジラが見る夢』より
 イルカやクジラと泳いだ後のジャックは、何か貴重なものを得たにもかかわらず、同時に何かを失ったような顔をして海の方を見ていたという。
 その姿は、私たちの知る海の中で生き生きと泳ぐ彼でもなく、地上で友人たちと談笑する彼でもない。
 本当の彼が渇望する遠くて幻のような場所を夢見ている瞬間だったのかもしれない。
 大きな生物を知る人、大きな世界を知る人。きっと、青のその先も知っていた。
 
 本から顔を上げると、やはり止まったままの小書店の外の風景がある。小書店の入口から延びた道の両脇には背の高い植木たちがところ狭しと並ぶ。
 すーっと、柔らかい風が吹いた。道の向こうからジャックが水をポツポツと滴らせながら裸足で歩いてくる。海から上がったばかりなのだろう。片手を少しだけ挙げて、ウィンクをする。
 私は少し照れながら、小さく手を振って応えた。
(宮里 綾羽)
『クジラが見る夢』
池澤夏樹・高砂淳二・垂見健吾共著 1994年 テレコムスタッフ
『神と村』
仲松弥秀著 1990年 梟社
配信申し込みはこちら
毎月第2/第4土曜日配信予定

 


【本日の栄町市場】

 沖縄県那覇市にある栄町市場は、戦後の復興時に誕生した市場だ。
 この場所には、戦前、「ひめゆり学徒隊」の母校である沖縄県立第一高等女学校と沖縄県女子師範学校とがあったという。校舎は空爆で瓦礫となり、戦後、地域が再び栄えますようにとの想いを込め、栄町市場が誕生したそうだ。
 小書店の常連客の一人、85歳のKさんは女学校の最後の生徒だった。一年生だったKさんたちと二年生は家に帰され、三年生が看護要員として動員されたという。Kさんが再び学校に戻ることはなかった。
 一緒に学んだ学友を、先輩を、先生を失くした。破壊された学び舎は、やがて栄町市場として復興した。
 タクシーから降り杖をついて栄町の馴染みの店をゆっくりと回り、最後に小書店で一服して、再びタクシーで帰っていくKさん。
 栄町市場の歴史を見守ってきたKさんの目は、今日も温かく、柔らかい。
 
 
宮里綾羽
沖縄県那覇市生まれ。
多摩美術大学卒業。
2014年4月から宮里小書店の副店長となり、栄町市場に座る。
市場でたくましく生きる人たちにもまれながら、日々市場の住人として成長中。
ちなみに、宮里小書店の店員は店長と副店長。
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2015Ayaha Miyazato, Takashi Ito






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