2015711日 天気:雨

 

『カイマナヒラの家』

 小書店の間口からブーゲンビリアの花びらが風に乗って店の中に入ってきた。薄い和紙のように軽やかな花びらは、少しのあいだ宙を泳ぎ、ふわりと床に落ちる。
 
 『カイマナヒラの家』は、1930年頃にハワイイに建てられた家を管理するロビンとジェニー、そして、その家で共同生活する人々の物語だ。
 サーフィンに魅せられてハワイイに通った「ぼく」の滞在先となった家に住む人々は、みんな海が好きで穏やかに暮らしている。
 しかし、その一方で別れを経験し、人生に疲れ、休息を必要としている人ばかりだ。
 ハワイイという土地には人を癒す力が確かにあるし、この大きな家には生活する人々をゆっくりと再生させる何かがあったのだろう。この家で暮らす人々は、人生の夏休みのような日々を経て、やがてそれぞれの人生をリスタートしていくのだ。
  
 大学時代にハワイイ島に行った。同級生の別荘に宿泊できるというので、飛行機代だけを捻出したのだ。
 別荘といっても友人たちと雑魚寝だろうと思っていた私は、その別荘の大きさにびっくりした。1人ずつにゲストルームがあてがわれ、ホテルのような寝室にはシャワールームまで付いていた。
 2週間のハワイイ生活では、朝食を食べる前にプールでひと泳ぎして、午後には海に行くのが日課となった。好きなときに大きな冷蔵庫から何か出しては食べ、読みたい本を庭に転がってじっくりと読んだりした。
 今考えると、私の人生の夏休みと言っていいほど贅沢な日々だった。
 別荘を管理していたのは40代の日本人だった。日焼けした細い体に男の人みたいな名前を持つ綺麗な女性。南の島なのに、いつ会ってもラフさがなくて隙のない印象の人だった。
 日本に帰る前夜、友人の両親が私たちをホテルのディナーに招待してくれた。ビーチサンダルでペタペタとロビーを歩く私たちの前に、別荘を管理する彼女が現れた。
 体にフィットした濃いピンク色のワンピースとヒールの高いブーツ。モデルのような美しい姿勢で堂々と登場した姿を今でもよく覚えている。
 隣の席同士だった私たちは、はじめてゆっくりと話すことができた。
 いつも、私たちを見ても子供は相手にしない、という意思を体中から発しているような女性だったけど、その日はお酒のせいなのか、それとも最後の夜だったからか、彼女はとても饒舌だった。
 17歳でハワイイに来た彼女は、日本ではものすごく不良だったのだそうだ。ハワイイに来て、アメリカ人の旦那さんに出会って生活が変わったのだと言った。それまでの生活は滅茶苦茶でひどかったのよーと笑った。旦那さんは神父で子供たちは社会人や大学生で、立派に育ってくれたと嬉しそうだった。
 はじめは私の友人の別荘だけを管理をしていたが、今では不動産で少しずつ成功しているらしかった。
 たまに日本に帰っても、すぐにこっちに戻ってきたくなっちゃうんだ、と笑う彼女には悲壮感なんて少しもなくて、心からハワイイでの人生を気に入っているようだった。
 きっと彼女にはハワイイがぴったりと合うのだろう。自分で人生を切り開いてきた誇りと人生への充実感が溢れているようだった。
 翌年も友人の別荘へ滞在したのだが、彼女はもういなかった。
 
 小書店から外に一歩出ると満開のブーゲンビリアが目に入ってくる。小さな鉢植えからそこまで育つものかといつも感心するほど、長く延びた枝葉と鮮やかなピンク色の花。こんなに満開なのは今年がはじめてよーと隣の店主が教えてくれる。
 7月の眩しすぎる日差しに包まれたブーゲンビリアを眺めながら、昔、ハワイイで知り合った、もう会うことはないだろう彼女を思い出した。
(宮里 綾羽)
 
カイマナヒラの家
池澤夏樹・芝田満之共2004年 集英社
 
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毎月第2/第4土曜日配信予定

【本日の栄町市場】

 去年の今ごろのはなし。大きな台風がやって来た翌朝、いつもより早く小書店へ向かった。前夜に我慢できず栄町に様子を見に行った店長から惨状は聞いていたが、予想以上の惨状だった。
 いつもはシャッターを開けるところから小書店の爽やかな一日が始まるのだが、シャッターの前にはアーケードの骨組みがむき出しのまま垂れ下がり、電気の配線やアンテナ線、電話線、蛍光灯が、右隣のJさんの言葉を借りると、「こんなにまでしなくていいのに」というくらい絡み付いていた。
 宮里小書店の前にある鉢植えたちはみな無事で、まるで台風などなかったかのようにそよそよと風に揺れている。見慣れた長閑な風景の中に、ターミネーター崩れみたいな鉄のかたまりがぶらんぶらんと現れ、おまけに立ち入り禁止の黄色いテープが貼り付けられているものだから物騒だ。
 片付けるのに電線を切らなければ危険だと分かっているが、何もできずに立ち往生する私の後ろから、鰹節店のOさんが脚立を担いで現れた。
 Oさんは無言で脚立に登り、ペンチで手際よく電線を切っていく。「だ、大丈夫ですか?」と間の抜けた質問をする私。
 すると!Oさんは電気工だったとういではないですか!
 感動する私を尻目にOさんはバッチンバッチン電線を切っていく。
 私は普段からOさんの眼鏡は溶接工の人が掛けていそうな、レーザーなんかも出せちゃいそうな近未来的な眼鏡だなぁと思っていたのだ。顔面にピッタリとフィットして、1ミリの鰹節も入れさせやしない!という感じだ。
「そっか、だからこんなにかっこいい眼鏡をかけていたのか」とOさんに言うと、「いや、これは白内障用の眼鏡だ」と、脚立を担いで去っていった。
 それからは、鰹節を削る姿が一層かっこよく見えるのでありました。
宮里綾羽
沖縄県那覇市生まれ。
多摩美術大学卒業。
2014年4月から宮里小書店の副店長となり、栄町市場に座る。
市場でたくましく生きる人たちにもまれながら、日々市場の住人として成長中。
ちなみに、宮里小書店の店員は店長と副店長。
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2015Ayaha Miyazato, Takashi Ito






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