2017326日 天気:曇り

 

『アトミック・ボックス』

 市場を引退された佐久本さんが久しぶりに小書店を訪ねてくれた。
「あやちゃん、昨日見た?」その一言でなんの話かわかった。「市場で見ましたよー。昨日からみんなその話ばっかりです」
「どんなドラマ見るより面白かったさー」とはじまり、彼女の口調が次第に早くなっていく。もう、腹が立って腹が立って!と、温厚で有名な彼女は言うのだが、口調が優しくて声が綺麗だから怒っているようには聞こえない。
 彼女が言うには、昔のような政治家はもういないのだそうだ。昔の政治家だって利権や賄賂には塗れていたけどねー、でも、弱いものを守る精神はあったよぉ!あんなに人を馬鹿にしたような笑い方もしなかった。
 
アトミック・ボックス』。癌に侵されて余命わずかな父親は、娘に死ぬ手助けをしてほしいと頼む。過去に大きな過ちを犯した罰は病死では弱すぎるのだと。
 かつて秘密裏に進行していた原爆開発のプロジェクト、「あさぼらけ」。全容が見えないままそのプロジェクトの一端を担った若き日の父は、やがて自分が広島の被爆二世だと知り、科学者をやめて漁師になる。
 結婚してできた娘はすくすくと育ち、島を出て社会学者の道を志す。
 その娘に「あさぼらけ」の公表をゆだねたのは、福島での原発事故が起こったから。
「過去の話だが未来につながる話だ。次の世代の者が考えるべきことだ。」
「あさぼらけ」を託された娘は国家権力に追われ、自殺幇助の罪で指名手配までされる。公安や警察から助けてくれる友人たち、瀬戸内海の島々の老人、そして、何より娘の使命感が清々しくて、強大な権力に立ち向かう人々の力に引き込まれていく。
 仲間たちに助けられ、「あさぼらけ」の中枢に近づいていく様はスピーディーでスリルがある。本の頁をどんどんめくってしまうから寝不足だ。
 最後、父親の贖罪を託された娘がプロジェクトの中心人物である大物政治家と決着をつける姿は圧巻だった。
 
「あなたは国家は個人の運命を超越すると思っていますね。国を動かす者にはそうしなければならない時があると。核兵器を人々の上に落とさなければならない時があると」
 老人は目を閉じていた。
「政治家は人間を数として見ますよね。有権者として見て、納税者として見て、守られるべき羊の群れとして見る。一人一人を見ていては国は運営できないと考える」
 聞いているのかいないのか、老人は目を閉じていた。
 ただ疼痛に耐えているのかもしれない。
 鎮痛剤の量を増やして眠ってしまえばいいのに。
 私と話すために無理をして起きているんだ。
「でも一人一人には考えも、思いも、意地もあるんです。数でまとめられないものがある。私は今ここであなたに人間としての倫理で勝ちたい」―――『アトミック・ボックス』より
 
 スカッとする台詞だった。わたしたちは数ではないし、羊の群れじゃない。
 慎ましやかな日々を大切にして、愛する人が幸せであってほしいと願い、子供たちが健やかに育てる社会であるようにと望んでいる。こういう市民の想いを見くびるときっとしっぺ返しを食らわされるんじゃないかなぁ。
 物語に出てくる「生活のヒーロー」という言葉が好きだ。市場に座っていると、そういう人たちに出会う。佐久本さんもその一人。
 50年も商売を続けてきた。正直で真面目に毎日を生きて、弱い人たちの逃げ場になるような優しい場所を彼女はつくってきた。どれだけの人が彼女の親切に助けられてきただろう。こういう場所をつくること、あの政治家たちには絶対できないよな。
「今の政治家は罪悪感もないでしょう」と言った彼女の顔は険しかった。いつも上品に微笑んでいる彼女の中にこんな一面もあったなんて。わたしまで、きっと険しい顔をしていた。
 人は何かを伝えたいとき必死な顔になるし、誰かの想いを聞くとき、こちらだって真剣な顔になる。それができない人をわたしは信用しない。
 今の政治家たちはどうだろう。人のことを笑って、馬鹿にして、それでも誤魔化せないときは大きな声で捲し立てて優位に立とうとする。対等に話ができないことが、こんなにもまかり通るなんて。政治家の劣化というか、大人の劣化を見せつけられているようだ。
 もう一度、冷笑する政治家の顔を思い浮かべる。彼らの口元は汚く歪んでいた。

 
(宮里 綾羽)
 
アトミック・ボックス
池澤夏樹著 2014年 毎日新聞社
配信申し込みはこちら
毎月第2/第4土曜日配信予定

【本日の栄町市場】

「野菜の店 山城」の野菜はとても新鮮だ。もちろん、栄町市場の店すべて新鮮だけど。
 山城さんの店は小さい分、選りすぐってきた感じがある。根菜も葉野菜も果物も仕入れのときにじっくり選ばれたちゅらかーぎー(美人)という感じ。実際、今まで買った野菜はすべて美味しくて新鮮だった。
 今日はにんにく買おうかなーと言うと、皮を剥いて匂いを嗅がせてくれる。ね?いい匂いでしょー。
 近くの食堂のおばさんが「キャベツ、キャベツ!」と走ってきて、山城さんに千円を渡してキャベツを持って、また走って帰っていく。
 お店でチャンプルーの注文が入ったけど、キャベツが切れていたのだろうか?市場で買い物する人は商品をじっくり見る人が多い気がするけど、山城さんのキャベツなら大丈夫!って感じかな。
 あ、もちろんキャベツが千円もするわけではなく、お釣りはまたゆっくり取りに来るのだと思います。
宮里綾羽
沖縄県那覇市生まれ。
多摩美術大学卒業。
2014年4月から宮里小書店の副店長となり、栄町市場に座る。
市場でたくましく生きる人たちにもまれながら、日々市場の住人として成長中。
ちなみに、宮里小書店の店員は店長と副店長。
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2017©Ayaha Miyazato, Takashi Ito






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