2017624日 天気:晴れ

 

『この世界のぜんぶ』

 父が親友のDANAさんと出会った日の話を聞くのが好きだ。
「はじめてバリ島に行ったとき、DANAさんはガイドだった。日本語を勉強していたから、お父さんにいっぱい話し掛けてきた。でも、汚い日本語を話すんだよ。日本人がいたずらでDANAさんに変な日本語を教えてるわけさ。で、違うよーって直しているうちに仲良くなった。葬式の音を録りたいと話したら、その日のうちに葬式に連れて行ってくれた。そこからずっと友達」
 わたしが幼い頃、父はバリ島にのめり込んでいた。年に二、三回は長い休みを取って通うほど。たまにわたしも連れて行ってもらうと、顔の広いDANAさんが滞在先のホテルや祭、観光地をすべてセッティングしてくれた。集落の若者組のリーダーだったDANAさんは会うたびにどんどん偉くなり、最後に会った時は大きな村の村長になっていた。肩書きが大きくなるにつれて線が細かった体もがっしりと大きくなっていく。これでもかと胸を張って歩くから大きな体がますます大きく見える。
 バリ島では男性も女性もサロンという布を腰に巻く。色や柄も様々なサロンは一見、ロングスカートのようだが、それぞれの体型にぴたりと合っていて男性も女性も美しく格好がいい。正装であるけれど、祭や冠婚葬祭以外の平日でもDANAさんはサロンを巻いていた。わたしの記憶のDANAさんはいつもサロンを巻いている。
 サロン捌き、という言葉があるかはわからないけれど、階段を上るとき、バイクに乗る瞬間、バリ島の人々は上手にサロンを捌く。若者は素早くサロンを持ち上げるし、女性たちはしなやかにサロンの端を摘む。でも、村長になったDANAさんはサロンを持ち上げない。人前で屈むこともないし、急ぐこともない。その堂々とした姿と「はっはっはぁ!」という豪快な笑い方が、まるで王様のようだった。
 
家を建てるんなら
まわりに
ヤシの木を植えるといい
あれはブラシみたいに
いつも空を磨いている
だから
きみの家の上の空だけは
いつもぴっかぴか
顔が映るほどさ―――『この世界のぜんぶ
 
 春夏秋冬の四季とクリスマス。五つの章で構成されている『この世界のぜんぶ』を読むまで、わたしは詩と向き合ったことがなかった。小説を読むときより真面目に向かい合わなければいけなくて、エッセイを読むよりも深読みをしなければならないんだろうと勝手に敬遠していた。
 ところが、詩は自由で面白かった。むしろ、自由すぎて不安になるほど。文体に囚われず言葉のテンポがよくてリズミカルだから、読み進めていくほど気持ちが軽やかになる。そして、どの詩にも自分が持つ情景を重ね合わせてしまうことに驚いた。「そら」という詩ではDANAさんの家が浮かぶ。二十年以上前の風景。
 
 DANAさんの新居が完成したというので、宿泊することになった。コテージが五棟もある新居は小さなホテルのよう。コテージは細いヤシの木のある中庭を囲むように建っていた。ヤシの木より高い建物をつくってはいけないという法律があるバリ島では建物が空を邪魔せずに、余裕を持って横に広がっている。
 台所のある第一夫人のコテージ、子供たちの寝室、DANAさんの事務所、ゲストの部屋、そして、舞台用のコテージ。わたしたちが泊まったゲストコテージには大きなベッドが二つ並び、バスルームと立派な鏡が設えてある。部屋の外にはテラスがあり、毎朝毎夕、父と母と妹とそこに座って過ごした。中庭にはヤシの木とよく手入れされた花々が咲き乱れる。舞台のあるコテージからはDANAさんと息子たちがガムランの練習をする音が流れてくる。反復しながらつくり出されるリズムが旋律になって夕闇に溶けていく。
 そんなことを思い出せたことが嬉しい。詩が遠い記憶の断片をわたしに運んでくれた。
 DANAさんは元気だろうか?あの立派な家でまだ暮らしているだろうか?
 無性にあの豪快な笑い声が聞きたくなった。

 
(宮里 綾羽)
 
この世界のぜんぶ
池澤夏樹・早川良雄 共著 2001年 中央公論新社
配信申し込みはこちら
毎月第2/第4土曜日配信予定

【本日の栄町市場】

 一昨年の年末に「パチリ」はオープンした。もう一年半も経ったのかぁ。
 アメリカ直輸入のポップな色遣いの子供服やカラフルな古着が所狭しと並ぶ。店に入った途端、あなたは栄町市場からサンディエゴへトリップできるでしょう。
 以前、店主の伊福さんがディスプレイの本を小書店に注文した。勉強熱心な伊福さんは「パチリ」のディスプレイやレイアウトをこまめに変えている。商品も足したり引いたり。日々、試行を繰り返しているのがわかる。そのたび、新しい店に来たみたいで新鮮だ。
 友人への出産祝いを購入したとき、伊福さんが紙おむつも足してオムツケーキを作ってくれた。これって、ものすごいサービスとアイディアだと思う。オムツケーキの洒落た存在は知っていたが、まさか栄町市場でお目に掛かれるとは。新しい店を受け入れるのが栄町市場のいいところ。そして、市場はまたひとつ新しい魅力を手に入れた。
 そうそう、伊福さんが小書店で買うのはディスプレイ関連の本だけじゃない。小説をよく買っていくのだが、選ぶ作家がとにかく渋い。彼女の店のポップさとはものすごいギャップなのだ。サンディエゴから新大久保って感じ。そのギャップがわたしの密かな楽しみでもあったりする。
宮里綾羽
沖縄県那覇市生まれ。
多摩美術大学卒業。
2014年4月から宮里小書店の副店長となり、栄町市場に座る。
市場でたくましく生きる人たちにもまれながら、日々市場の住人として成長中。
ちなみに、宮里小書店の店員は店長と副店長。
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2017©Ayaha Miyazato, Takashi Ito






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