201619日 天気:曇り

 

『きみのためのバラ』

 元旦の日。光は柔らかいのに、正月特有の緊張感を纏った空気がひんやりと心地よかった。夜に近づくほど静かになっていく。
 少し寂しい気がして録画してあったテレビを観た。特集していたのは紛争やテロのなくならない混沌とした世界、その絶望について。
 番組の中で、現代社会の絶望を紐解くためにあるテロリストの足跡を辿っていた。
 彼はロンドンの移民と低所得者層が多く住む町で育った。移民だと罵られ脅されいじめられ続けた少年時代。クラスメートにからかわれる彼と過激で攻撃的なテロリストが同一人物だとは信じられなかった。
 弱々しい少年がその場を切り抜けようと必死につくり笑いをする姿。
 彼は何度尊厳を踏みにじられてきたのだろう、何度否定され、殺されてきたのだろう。
 そんな毎日から抜け出したいためか、彼は勉強に励み有名な大学に進学した。
 なのに、彼はテロリストになってしまった。
 罪のない人々を残虐に殺し、世界を恐怖に陥れるテロリストに。
 少年時代の絶望を希望に変えることができなかった。大学へ進んだ彼に希望を与えることができなかった抑圧された環境。
 
 テロリストたちの主張を理解しようと努めるべきなのだと彼は考えた。不正義はたしかに存在する。世界は強者の強欲と悪意に満ちている。どちらかと問われれば、自分たちはその強者の側にいるわけだし、それならば万一の場合は暴力が自分の身に及ぶことも覚悟しなければならない。―――『きみのためのバラ』(池澤夏樹著)
 
 どうしてこんな世界になってしまったのだろうか、どうして若者たちはテロリストになっていくのか。
 テロは正当化できるものではない。絶対に許せない卑怯で憎むべきもの。
 でも、どうして彼らがテロリストになったのかを知らずに、この絶望を終わらせることはできるのだろうか。
 テロリストは生まれたときからテロリストではないのだ、という当たり前のことを私は知ろうとしていなかった。
 彼をテロリストにしたのは、私の無知であり、誰かの無関心だ。
 
 『きみのためのバラ』で描かれたのは、電車内に置き去りにされた持ち主のいない鞄から離れようと妻に催促される男。満員電車内を不自由に移動しながら、彼は若い自分がかつて同じように込み合う客車の中を進んで行ったことを思い出した。駅で出会った美しい少女を探すために。日常の中でテロの脅威に怯えなかった時代。
 そんな時代に戻れたらどんなによいだろう。少し手を伸ばせばまた引き戻すことができそうな、ついさっき過ぎていったような平和な時代。
 
 その時代を少しでも取り戻せるかもしれない、そのヒントとなりそうな本に出会った。混沌とした世界をかすかに照らしてくれるような本だ。『テロリストの息子』(ザック・エビラハム+ジェフ・ジャイルズ著、佐久間裕美子訳)。
 投獄中にNYの多数のランドマークを攻撃する計画を立て、NY世界貿易センターの爆破に手を染めた父親。心優しい夫、子供たちを可愛がる父親がどのようにしてテロリストになったのか。
 そして、テロリストの息子として育った著者が受けた迫害、差別、憎悪の目。
 家族は離散し、貧困といじめに苦しんだ彼が、それでも彼を認めてくれる人々によって憎しみから解放され、他者を認め、多様性を身に付けた大人であることに、この世界の希望を見出せた気がした。私たちは、このように生きることができる! と力強く背中を押された気がした。
 世界や社会の構造に疑問を持つことにも、平和を唱えることにも、秩序を守ることにも、差別しないことにも、他者を認めることにも「知る」ことが大切だ。
 なぜ、私は本を読むのだろう。
 きっと、違う世界を知り、多様性を受け入れ、他人を認める人間になりたいからだ。

 
(宮里 綾羽)

 
きみのためのバラ
池澤夏樹2007年 新潮社
 
配信申し込みはこちら
毎月第2/第4土曜日配信予定

【本日の栄町市場】

 いつも静かな昼の栄町市場が正月前になると、客が増え賑わう。その賑わいを見るのが楽しみで、用もないのに何度も市場の中をアッチャーアッチャー(散歩)してしまう。
 肉屋も八百屋も乾物屋も花屋も店員を増やして臨戦態勢だ。
 しかし、どの店も店主と店員の顔がどことなく似ている。なかには、そっくりな顔が並んでいたりして二度見してしまうほどだ。
 市場で何が起こったのか。いつもの何倍も忙しくなる店を手伝うために家族が助っ人として登場しているのだ。
 子どもたちが手伝うことが多いようだ。年に一度か二度しか店に立たないはずなのに、客さばきも馴れたものでチームワークも完璧だ。仕事を休んで親の店を手伝いに来ているみたいだ。正月用の買い物に混乱しているおばさんたちを素早く落ち着かせていく。
 子どものころから手伝っているから体が覚えているのか、文字通り親の背中を見ていたのか。
 市場で育った子どもは逞しくて家族想い、という勝手な持論がまたひとつ増えた。
宮里綾羽
沖縄県那覇市生まれ。
多摩美術大学卒業。
2014年4月から宮里小書店の副店長となり、栄町市場に座る。
市場でたくましく生きる人たちにもまれながら、日々市場の住人として成長中。
ちなみに、宮里小書店の店員は店長と副店長。
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2015©Ayaha Miyazato, Takashi Ito






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