「池澤夏樹の書評の書き方講座」Part3の動画を公開しました

「impala e-books」1周年を記念して開催された「池澤夏樹レビューコンテスト」。その授賞式の一部として行われた「書評の書き方講座」の動画をお届けします。書き起こしテキストとあわせてお楽しみください。

 

*「Part1:池澤流・選ぶ技術」はこちら
http://impala.jp/news/書評の書き方講座1/
*「Part2:池澤流・書く技術」はこちら
http://impala.jp/news/書評の書き方講座2/
*「Part4:作家の気持ち」はこちら
http://impala.jp/news/書評の書き方講座4/
*「cafe impala」では皆さまからのレビューをお待ちしています
http://impala.jp/about/review/

 

Part3:書評とエッセー

 

Q:エッセーと書評はどう違いますか

 

ぼくが週刊文春に書いている「読書日記」。これは実は、本に関するエッセーです。新刊書を扱っているし、内容を紹介しているし、ほめて、読んでくださいねという姿勢ですけれども、しかし文章のスタイルとしてはエッセーのほうに近い。つまり、ぼくというものが前に出ている。そもそもあの欄は「私の読書日記」ですから。
だから、この間どこそこに行って、その途中でこれを読んで、という生活感のある文章にしてもいいんです。それこそオーストラリアに行くのにオーストラリア関係の本を持っていって、旅の途中で読みながら書きました、という風のことさえ、夏休みならしてもいい。そういう意味ではまさにエッセーですね。
それに対して毎日新聞でやっている書評は、あまり「私」を出しません。そこの違いだろうと思います。

 

Q:解説と書評に違いはありますか

 

誰かの本が文庫になるときに、後ろのほうに短い文章を付け加える。それはつまり、おまけです。おまけであり、その本の「読み方指南」でもありますね。

 

単行本のときは素っ気なく中身だけでポンと出るんだけれども、文庫にするときは、他の誰かが、まあ……エッセーないしは分析、解析を添える。あるいは、古典であればその本の文学史的な意義を添える。そういう文章を添えるのが日本の出版界のよき習慣となっておりまして、だからだいたいの文庫本に解説がついています。

 

「誰それの本が今度文庫になるので、池澤さん解説お願いできませんか」と頼まれたときは、書けそうであれば受けます。つまり相性がよければ、ですね。

 

例えば角田光代さんの『八日目の蝉』。「文庫になるんですけど」と言われて、「いいですよ」と言って、力を込めて書きました。あるいは伊丹十三『女たちよ!』。久しぶりに見たなあと思って、昔いかに面白く読んだかを思い出しながら解説を書く。伊丹十三があの頃どれぐらい輝いていたか。そのキザな生き方の紹介としてね、ヨーロッパ式の。もう何十年も前のこと、ぼくはあのときこう読んだということをうまく文章にすれば、いい解説になる。

 

(Part4につづく)

 

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