2015725日 天気:台風

 

『タマリンドの木』

 この界隈には多くのレストランがある。沖縄、日本、南米、イタリアン、フレンチ、中華、スペイン、韓国。最近では、タイ料理の店もできた。
 多国籍な料理と酒に人々は酔いしれ、足取りも軽く薄暗い夜の町を浮遊していく。
 これだけを書くと、シンガポールやニューヨークといった国際都市を思い浮かべる人もいるかもしれない。
 いえいえ、この素晴らしき多国籍なレストランたちは栄町市場とその界隈にあるのです。
 
 小書店の近くにはミャンマーレストランがある。
 夜だけ開店している店も多い中、ランチが食べられるのは有り難くて貴重な存在だ。 
 誤解を恐れずに言うと、私はそのミャンマーレストランを覗くのが好きだ。店の大きな扉は開けっ放しで、そこから見える光景が好きなのだ。
 お客で賑わう日もあるが、私が好きなのは客のいない照明を落とした日。
 外からの強い光が差し込む店内。立派な光と影が重なり合い不思議な模様を生み出している。天井からぶら下がる賑やかな装飾とは対照的に、座っているミャンマー人の店員は静かに佇んでいる。光を背に受けたその姿はどこか神々しく、穏やかで美しい東南アジアが凝縮されているような気がして、つい見入ってしまうのだ。
 
 店の人と言葉を交わしたことはほとんどなかった。
 店主のKさんとゆっくり話したのは、つい最近のこと。
 沖縄の大学を出たKさんは、ご主人とともにミャンマーの農村に建設した学校を支援し続けるため、栄町に店を開いたのだという。
 店内の一画に子どもたちが学ぶ姿を収めた写真が貼り出されている。一生懸命に鍵盤ハーモニカを吹く子ども、机に広げられた教科書を読む子ども。
 それらの写真を見ていると一冊の本を思い出す。『タマリンドの木
 
 日本で働く男とタイの難民キャンプでボランティアとして活動する女。偶然出会った2人は恋に落ちるが、取り巻く環境の違いから2人の関係は宙で止まったままだ。
 キャンプには女が仲間たちと運営する幼稚園がある。学び舎を育てる象徴として出てくるタマリンドの木。その下で、子どもたちが知識を身につけることに喜びを感じる様子が瑞々しく描かれている。
 しかし、私はこの物語は最後に出てくる手紙のためにあるのだと思っている。女が男に書いた長い手紙。
 その手紙を読むために、私は2人の物語の証人になったのだ、と。
 手紙には地雷でひどい怪我をした子供をおぶってやってきた母親の話が書かれている。
 子供の意識ははっきりしていたが、医者は一目見て助からないと判断する。
 スタッフから説明を聞き、その晩、母子はテントの隅を借りて一泊したという。
 
 母親は一晩中ずっと子供を抱いて、何か低い声で話しかけ、ゆっくりと揺すってやり、額をなでてやっていました。母親がいったいどんな風に事情を子供に話したのか、ここまで来て治療が受けられない理由をどう告げたのか。治る見込みがないから治療してもらえないのだということを、どういう言葉で伝えたのでしょう。おまえはもうすぐ死ぬということを当の子供にどう話したのでしょう。その夜は彼ら二人のいるところだけが不思議な光に包まれているように見えたと、星野さんはスタッフの一人から聞いていました。
 そして、母親は翌日、また瀕死の子供を負って、自分の村へ帰っていったのです。それだけ、この話に後日談はありません。
———タマリンドの木』より
 
 女が日本に帰ってこないことも、2人の関係が中途半端なのも、この手紙の母子の前では全てが取るに足らないことのように思えた。
 それは手紙を受け取った男の心境でもあると思う。
 
 タマリンドと聞いたKさんは嬉しそうに、ミャンマーにもあります。店にもタマリンドからつくったソースやキャンディありますと、タマリンドのキャンディを私にくれた。
 「すっぱくて甘いんですね」と言った私に、Kさんは言った。「本当は帰りたい。でも、学校を続けていくために頑張ります」
 愚かな私は、学ぶことが喜びだということを、学べることがどれだけ幸運なことなのかを大人になるまで気づかなかった。
 Kさんにもらったタマリンドのキャンディを頬張りながら、嬉しそうに登園するミャンマーの子どもたちを思い浮かべた。

(宮里 綾羽)

 
タマリンドの木
池澤夏樹1999年 文藝春秋
 
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毎月第2/第4土曜日配信予定

【本日の栄町市場】

 ある土曜日の朝、いつも先に店を開ける向かいの店主Kさんがシーミー(清明祭)のために遅くなるという。
 3枚のシャッターを勢いよく開けると、Kさんが飼っている亀と目が合う。噂では100歳にもなるらしい。それにしては、ジタバタと元気がいいなと感心する。
 天気がよいので亀の水槽を洗い、小書店の本棚に掛かっているビニールカーテンを引くと、もうやることがなくなってしまった。
 店番をするカウンターから見える外の風景。
 大きく開け放たれた間口から続く路地の両脇には背の高い植木が並び、気持ちよさそうに葉っぱを揺らす。
 Kさんが毎日流すテレビの音と隣のラジオの音が今日は消えたままだ。
 聞こえてくるのは、近くで行われている建物を解体する音。
 大都会にいるような激しい工事の音と長閑な風景。そのちぐはぐさが、発展目覚ましいベトナムやインドネシアの路地裏に佇んでいるような気分にさせる。
 冷たいミネラルウォーターをごくごくと飲んで汗を拭うと、いよいよ旅先の食堂でまどろむ旅行者に思えてきた。
 栄町市場に座るようになってから、何度となく味わってきた幸福で贅沢な錯覚だ。
宮里綾羽
沖縄県那覇市生まれ。
多摩美術大学卒業。
2014年4月から宮里小書店の副店長となり、栄町市場に座る。
市場でたくましく生きる人たちにもまれながら、日々市場の住人として成長中。
ちなみに、宮里小書店の店員は店長と副店長。
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2015Ayaha Miyazato, Takashi Ito






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