2015926日 天気:晴れのち曇り

 

『都市生活』

  9月も終わりだというのに、昼間は外を歩けないほど日差しが強い。小書店のカウンターから見える外の細い道。歩く人はみな顔の汗を拭いながら、「暑いねー」と店番をする私や向いの店主に声を掛けていく。
 いつものように店番中に本を読む。『都市生活』を読み終えて、10年前のある夜を思い出した。
 
都市生活』は、飛行機の予約時間を間違えた男がキャンセル待ちを逃し、翌日の飛行機に乗るために止むを得ず見知らぬ街で一泊する話だ。
 空港カウンターで杓子定規の対応をする「係」の女性、マニュアル通りのことしか繰り返さないホテルのレセプション「係」。
 ホテルでチェックインを済ませ、疲労感を募らせた男は近くのビストロで夕食をとる。
 そこで、同じくひとりで食事をする女性と言葉を交わした。ひどい一日だったという彼女の話を聞く男。
「いきなり知らない人にこんな話を聞かせてしまってごめんなさいね。でもねえ、きっと知らない人だから話せたのよ」
 
 東京で働いていたころ、やっと来た週末に友人たちと集まりお酒を飲みに街へ出た。
 街全体が浮かれ、私たちは酔っ払っているのに、道往く人とは肩も触れない。隙間を見つけては自分の体を移動させる。いつの間にか、他人に触れずに歩く術を覚えた。
 駅に辿り着き、終電を逃したことを知った私たちはタクシーに乗り込んだ。
 東京のタクシーは気軽に乗れる沖縄のタクシーとは違う。しかも、代金も割り増しになる深夜のタクシーに乗るなんて身分不相応で、酔った勢いでもないと乗ることなんてできなかった。
 浮かれた私たちのハシャギ声で車内は一瞬騒がしくなったが、すぐに話は途切れ、いつの間にか後部座席は静かになった。見ると、友人たちはお互いの体にもたれ合い眠っていた。
 
 取り残された私は、助手席の窓から流れる東京の景色を眺めた。
 高いビル群とキラキラ光るネオンの間に小さな夜空が見え隠れする。
 あれだけ人の溢れる場所にいたのに、友人たちは後ろでスヤスヤと寝息をたてているのに、この都会で私はひとりきりだと思った。
 運転手のおじさんが、「少し開けましょうか?」と窓を開けてくれる。
 フワッと流れ込む夜風が気持ちよくて目をつぶった。
 
 どれくらい眠っただろう。薄く目を開けると果てなき土地が広がる。広大な茶色い土地。その向こうには緑の山々が連なる。行ったこともないのに、南米だと思った。
「南米だ」と呟いた私に、運転手のおじさんが言った。
「南米に弟がいるんです。もう20年も会っていない。今年こそは行ってみようかなぁと思っているんです」
「南米に?それは、いいですね」
 
 後から確認すると、私が南米だと呟いた風景は、ビルに掛かる大きな煙草の広告だった。あまりにスケールの大きな景色が急に目に飛び込んで来て、酔った上に寝ぼけた頭が南米と勘違いしたのだ。
 あのとき、おじさんはタクシーの運転手「係」をやめたかもしれない。「南米」というワードがタクシーの運転手から、20年間会っていない弟の兄に戻したのか。おじさんは都会の夜を走りながら、南米にいる弟を想っていただろうか?
 たった一瞬だったけど、この街でいつも纏っている「係」を脱いで、私たちは言葉を発した。
 言葉に色が滲み、さっきまでの私の小さな孤独は消えていた。
 
 そうだ、今、俺は会話が欲しいのだと気づいた。係や担当者やレセプションやウェイトレスを相手のマニュアル的なやりとりではない本物の会話。
———都市生活』より
 
 目が合った。
 その席に彼が坐ってからはじめて目が合った。
 そこで、彼女はにっと笑った。
「おいしそうですね」と彼は言った。今なら声を掛けてもいいだろうと思ったのだ。
「ひどい一日だったの」と、最後の一口を食べ終えて、女が言った。
「そう。ぼくもですよ」
女は彼の返事を無視した。
「本当にひどい一日だったのよ。あなた、聞いてくれる?」
「ええ、喜んで」
———都市生活』より
 
 私が10年前の南米の夜を思い出すように、『都市生活』の主人公もビストロの夜を思い出すだろう。都会の隅っこの夜。
 都会には、たった一瞬だけ交わる回線が張り巡らされている。線と線がクロスしたとき、線香花火みたいに小さな光がパチッと輝く。
 その短い出会いに真実や人生を吐露することができるなら、毎日はもっと軽やかになるのだろう。

 
(宮里 綾羽)

 
都市生活
池澤夏樹2010年 新潮社
 
配信申し込みはこちら
毎月第2/第4土曜日配信予定

【本日の栄町市場】

 最近のてんぷらの料金のスタンダードは80円だ。これは、私の狭い行動範囲内のデータなので、学生の多い店や那覇以外だとまた違うのかもしれない。
 沖縄の天ぷらは衣が分厚い。天つゆやお塩で頂く上品な食べ物ではなく、おソースで部活帰りや仕事の合間に食べるのです。買い食いランキングがあるならば、きっと1位に違いない。「おやつ」的な要素が強い食べ物なのです。
 立派な沖縄人ならば、きっと贔屓のてんぷら屋があると思う。ちなみに、私の贔屓は栄町市場内にある「K家」だ。てんぷらだけでなく、おかずもジーマミー豆腐も人気。 
 ランチタイムの300円日替わり弁当は、早く買わないと売り切れてしまう。イートインもできるのだが、カウンターはすぐにいっぱいになって座ることができない。弁当なのに揚げ物が少なく野菜が多いのが人気の秘密じゃないか、と分析するのは向いの店主のKさんだ。私とKさんはあまり店頭に出てこない南瓜コロッケの大ファンだ。
 話が逸れた。「K家」のてんぷらは衣がカリッと揚がっていて、冷えても美味しい。しかも、値段は50円。
 この価格は、8歳の私がはじめて市場を訪れたときから変わっていない。8歳の子供が50円を握りしめて買っていたてんぷらを、大人になっても仕事の合間に50円で買い食いしているんだから、成長がないと言うよりは、偉大なる不変とでも言いたい気分だ。
 おじさんのてんぷらさ、ずーっと50円だよね?
「そうだよ。百年前から50円だよ」と、おじさんはニッと笑った。
宮里綾羽
沖縄県那覇市生まれ。
多摩美術大学卒業。
2014年4月から宮里小書店の副店長となり、栄町市場に座る。
市場でたくましく生きる人たちにもまれながら、日々市場の住人として成長中。
ちなみに、宮里小書店の店員は店長と副店長。
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2015Ayaha Miyazato, Takashi Ito






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