201559日 天気:晴れのち曇り

 

『眠る女』

 宮里小書店と向かいの店の間口は同じだ。大きく開け放たれた三枚のシャッター。店番のカウンターから見える外の風景の開放感はなかなかのものだ。
 店と店の間にあるスージグワァー[1]は、栄町市場の薄暗い裏路地へと続く。
 スージグワァーから風がふわーっと通る季節は気持ちよいが、冬になると風がびゅーびゅーと吹き抜け、体がブルブルと震えるほど寒い。
 まるで、外に座っているようだと私が言うと、向かいの店主が、「あはは、そうだそうだ。ここは外とおんなじだ」と笑う。
『眠る女』を読んだのも、そんな風の強い冬の日だった。
  
 アメリカ東海岸でいかにも近代的なアパートに暮らし満たされた生活を送る主人公が、ある日、夢の中で十二年に一度の沖縄・久高島の祭イザイホー[2]に巫女として参加している自分を見つける。
 一日目、二日目、三日目と夢の中でイザイホーに参加する主人公。

 女たちが「エーファイ、エーファイ、エーファイ」と掛け声をかけ、胸の前で合わせた両手を上下に動かしながら、走る姿。髪の毛は洗い髪のままだ。
 夢から戻った脱力感、体に残るだるさとは反対に、知恵のある老婆、白い衣装、断片的に残っている記憶。中心には信じて絶対に裏切られない不変の価値がどっしりと根をおろす。安心感と充足感が主人公を満たしている。———『眠る女』より

 夢を見る前と同じく、夫の朝食をつくり、弁当をつくり、夕食をつくる彼女の日常は続いていく。
 しかし、彼女はもう以前とは違うのだ。夢の中で参加したイザイホーで彼女は再生されている。まるで、古い皮から脱皮したように生まれ変わっている。
 
 日常で蓋をした共有の記憶。
 永遠に失われたように見える儀式。
 時と場所を超えた磁場で祈る者たち。そこに吹く風の気配。
 ふとした瞬間、この共有の記憶を私たちは思い出すのかもしれない。
 もしかすると、主人公のように私たちも儀式の参加者であるのかもしれない。
 
 強い風に飛ばされたバケツが店の前にカンカンカーンと甲高い音を出して転がっている。「風が強いねー」と向かいの店主がバケツを拾いに外へ出る。
 彼女の乱れた髪が私の記憶の底にあった画を浮かび上がらせた。
 『神々の島』のヤシの木の写真だ。
 強い風にヤシの葉が吹かれる姿が、女が髪を振り乱しているように見えるのだ。
 吹き飛ばされそうになっても、そこに立つ女。
 そして、それは私の記憶の中の風でもある。
 
 子どものころから何度となく訪れた久高島。
 思い出すのは夏ではなく、なぜか風が強く吹く冬の風景ばかりだ。
 島に行くと必ず自転車を借り、島の岬を目指す。
 向かい風に抗いながら、岬へと続く白い砂利道を無心になって立ち漕ぎする。
 髪が乱れバサバサと激しい音を立て、服がバタバタと暴れる。
 肌にまとわりつく布の感触、濡れた髪の毛から滴る雫、走った後の息切れ。
 風の気配がする。いつか、風が私の記憶の蓋も開けるかもしれない。
 (宮里 綾羽)
 
 
[1] 路地
[2] 久高島の祭事。12年に一度、午年の旧暦11月15日から5日間にわたっておこなわれる。久高島で生まれた30歳(丑年)から41歳(寅年)までの女性が、祖先のシジ(セジ)[3]を受け、ノロ[4]を頂点とする島の祭祀集団に入団する儀式である。多様な形態を残している沖縄の祭事のなかでも最も神秘に満ちた祭りだとされている。最近では1978年(昭和53年)におこなわれた。
[3] 霊力のこと。現在シジと発音されている。
[4] 沖縄で按司が出現した8、9世紀ころ以後、按司のオナリ神はノロ(祝女)と呼ばれ、按司の支配地一円の最高神女の地位を占めた。ノロの性格は根神と同じで、ただ根神よりも政治的色彩の濃厚な神女であった。やがて王国の政治的組織に組み入れられて、地方村落を国王や按司の専制的支配下に編み込む役割を果たした。ノロはヌル、ヌールと実際によばれているが、その語源学的意味は詳らかではない。〈祈る〉〈宣る〉、神に呪詞を唱える人という解釈もある。

([2] [3] [4] 参照:沖縄大百科事典 沖縄タイムス社)
 
眠る女
池澤夏樹著 1998
 
『神々の島---沖縄久高島のまつり』
比嘉康雄・谷川健一共著 1979年 平凡社
配信申し込みはこちら
     毎月第2/第4土曜日配信予定

 


【本日の栄町市場】

 栄町市場はラビリンス。と店長が言ったことがあった。
 確かに、初めて訪れる人、いや、数回訪れても目的の店に辿り着くのは難しい。栄町は迷路のように細い道が絡まり合い、小さな店がいくつも並ぶ。さっき通った店の前にまた来てしまった、、、なんてことがよくある。
 迷宮ゲームの中には現実と異なった世界に繋がる秘密の庭がある。栄町のラビリンスにも秘密の庭がある。ガイドブックにも載っていないその庭は、数年前まで荒れた小さな空き地だったそうだ。
 空き地を耕し、花木を植えたのは肉屋のAさん。今ではバナナ、バラ、コーヒー豆まで収穫できるのだという。
 庭の真ん中に置かれたベンチに腰掛ける。木に止まった鳥がバサバサっと飛び立った。私を取り巻く小さな世界がぐんと広がり物語が動き出す。そんな気がするのだ。
 
宮里綾羽
沖縄県那覇市生まれ。
多摩美術大学卒業。
2014年4月から宮里小書店の副店長となり、栄町市場に座る。
市場でたくましく生きる人たちにもまれながら、日々市場の住人として成長中。
ちなみに、宮里小書店の店員は店長と副店長。
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2015Ayaha Miyazato, Takashi Ito






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