2016423日 天気:曇り時々晴れ

 

『眠る人々』

 それからしばらく四人は黙ったまま星を見ていた。山の上に寝ているという実感が次第に希薄になり、全方向が星空でその中心に自分が浮いているような気分になってくる。天球はゆっくりと回転しているように見えたが、どちらの方に回っているのかわからない。塔は四人を乗せて星へ向かう乗り物のようだ。自分が眠っているのか起きているのかもわからない。―――『眠る人々』より
 
 鳩間島を訪れたのは15年前。豊年祭を見学する父に友人たちとついていった。10名ほどの賑やかな旅だった。
 豊年祭の前日に石垣島からやって来たわたしたちは宿に荷物を置いてすぐに島を散歩して繋がれずに自由に歩くヤギを見ては喜び、青く美しい海に感嘆してプカプカと浮かんだり潜ったり、ナマコを投げあったりして学生らしくはしゃいで過ごした。
 夕食を終えてそれぞれの部屋で就寝しようとしていたところ、父が夜の散歩に行こうと言いだした。
 義理を感じたのか、結局、全員で星空を見る散歩へ出発した。海に近づくほど夜の闇が濃くなり、みな無言になった。波の音が異常に近い。まるで、波が耳のすぐ隣で生まれては消えていくようだった。
 テトラポッドに全員寝そべって空を見つめると、視界はすべて星空で埋め尽くされた。流れ星が静かに、途切れることなく流れる。
 生まれてはじめて見る光景だった。世界の始まりにひとりで立ち会ってしまったか、世界にひとりだけ取り残されてしまったと錯覚するほど。圧倒的な美しさと恐怖。開放的な場所に友人たちといたはずなのに、孤独がわたしに充満していた。
 はじめての孤独。独立した清々しい孤独。
 
眠る人々』は、別荘で過ごす2組の恋人たちの話だ。
 束の間の休息。美味しく手間の掛かった食事。美しい花々の咲く道。
 夜になると4人は星空を見た。そこで、遼がUFOを見たことがあると告白する。それ以来、彼は奇妙な夢を見る。明るい水の中で無数の人々が眠る世界。
 その夢はやがて、彼や彼らを取り巻く幸せな生活への不安に繋がっていく。自然から抜け出し、一方的に満ち足りた生活を送ることへの不安。
 しかし、その不安を3人に上手く伝えることができない。
 彼は、またひとりで山荘を出て空を見上げる。
 
 鳩間島の星空の下に寝転ぶわたしたちに父が言った。
「鳩間節の歌詞の中に、『前ヌ渡ユ 見渡シバ 往リ舟 来ル舟面白ヤ』という歌詞がある。『南方の海を展望すると、新開地を往来する船は面白い眺めである』という意味で、それを自分は鳩間島が宇宙の中心であると解釈している」
 これは、あくまでも父の解釈らしいのだが、その昔、鳩間島だけではなく島々は宇宙の中心だったと。
 押し潰してしまいそうなほどに世界を覆う星空の下、古来の人々は宇宙と対峙してきた。己のあまりに小さな存在と宇宙の途方もない大きさに恐怖を抱き、自分が今日を生きていることの奇跡を想い、自分が生かされていると素直に感じたのではないだろうか。
 遼や古来の人が宇宙を前にして共有できない孤独を持ったこと。それを羨ましいと思うのはわたしだけだろうか。
 
 わたしは、いつから星空を見上げることをやめたのだろう。見上げてもかすかに明るい夜空に流れ星を見つけることはほとんどない。日々の夜空に宇宙を感じることもない。
 すべてをコンパクトにまとめた世界の中からはみ出さずに生きているわたしは、自分が生かされている不思議に想いを馳せることもない。
 だけど、15年前の鳩間島の夜は違ったのだ。
 昼間の明るい太陽の下、原色の中で泳ぎ走った体はぐったりと疲れていたが、その体で向かい合った宇宙はわたしという存在がどれほど一瞬のものかをわからせてくれた。
 古来の人は毎夜、大いなる宇宙を正面に自分の終わりを意識しながら暮らしてきたのだろう。
 それだけでも、それを思い出しただけでも、わたしの命が少し瞬いた気がした。

 
(宮里 綾羽)
 
眠る人々
池澤夏樹著 1998年 文藝春秋
配信申し込みはこちら
毎月第2/第4土曜日配信予定

【本日の栄町市場】

 小書店の向いのKさんは、毎日朝から晩まで家と店の仕事で大忙しだ。
 そんな彼女は読書が苦手だそうだ。本を読みはじめると止まらなくなり、読み終わるまで寝ることができない。中途半端が嫌いな人なのだ。
 そんなKさんが、珍しく「この本読んでみようかな」と手に取った本はわたしと同年代の女性が古書店で奮闘する話。
「やっぱり読み出すと止まらない」と言いながら、ページをどんどんめくっていく。
「この本、あやちゃんの役に立つと思うよー。もっと本を売るために工夫しないと」と、店番のカウンターに座る私に目で問いかける。
「はいー」と言いながらも、何をどうしたらよいものかと考えているうちに店を閉める時間になる。「また、あしたー」
 翌朝、店の真ん中に【3冊100円!】という手描きのポップと時代劇の文庫本が綺麗に並んでいた。
「昨日の本を読んだらさ、居ても立ってもいられなくなってさ。寝かせているよりいいんじゃない?」
 とKさんが笑う。いつか店の前に並べようと仕舞ったままの本を出しておいてくれたのだ。さっそく、お客さんが喜んで買っていく。
「あやちゃんは本当に商売人に向いてないねー。このような本を読んだら工夫したくなるものだよ」
 Kさんの言う通り、わたしは商売人に向いてないと呟くと間髪入れずこう言う。
「はじめから商売人はいない!まだこれだけしか座っていないのに、向いているか向いていないなんて誰が言った?」
さっき、Kさんが言った、、、
宮里綾羽
沖縄県那覇市生まれ。
多摩美術大学卒業。
2014年4月から宮里小書店の副店長となり、栄町市場に座る。
市場でたくましく生きる人たちにもまれながら、日々市場の住人として成長中。
ちなみに、宮里小書店の店員は店長と副店長。
Share
Tweet
+1
Forward

配信の解除、アドレス変更

cafe@impala.co.jp

※アドレス変更の場合は現在のアドレスを一度解除して頂いた後、
新しいアドレスでの再登録をお願い致します。

ご意見・お問い合わせ
cafe@impala.co.jp

当メールマガジン全体の内容の変更がない限り、転送は自由です。

転載については許可が必要です。

発行:株式会社 i x t a n
   〒150-0001東京都渋谷区神宮前4-18-6岩動ビル3F

2016©Ayaha Miyazato, Takashi Ito






This email was sent to *|EMAIL|*
why did I get this?    unsubscribe from this list    update subscription preferences
*|LIST:ADDRESSLINE|*

*|REWARDS|*