2017813日 天気:晴れ

 

『梯子の森と滑空する兄』

 東京で出会った友人の中で、特別変わったあだ名を持つ人がいた。「神様」。
 仰々しいあだ名なのに違和感がない。学生時代のあだ名が「仏」だったそうだから、どこか人とは違う、俗世を感じさせない雰囲気は昔から変わらないのだろう。
 出会った当時、神様はBMXライダーだった。BMXという小さな自転車をくるくる回したり、ひょいっとジャンプさせたり。曲芸的ではなく、スポーツとアートが混ざりあった面白いカルチャー。感覚としてはフィギアスケートとかシンクロナイズドスイミングと似ているけれど、ストリートのラフな格好良さがある。スキルとセンスが必要で、ジャッジするのが難しそうな競技。
 東京の繁華街近くの町で生まれた彼は、そういったカルチャーを存分に享受しながら育ってきたのだろう。DJもしていたし、絵も上手だった。気負いがなくていつも自然体。地方から出てきて肩肘を張っている人が多い中、逆に東京っぽさを感じさせない人だった。
 神様とは約束なんてしなくても、毎週のようにばったりどこかで会って遊んだ。誰かのホームパーティやクラブやイベント。家が近所だったから、よく食事もした。商店街を自転車で走るとしょっちゅう彼に遭遇した。立ち話をして、また週末ね!と別れる。同じ町に彼がいるということ、自転車を走らせれば会える距離にいるということが、わたしの東京生活を彩っていた。
 沖縄に帰ってきてからは、友人の結婚式で2年に1度会うくらいになった。そして、いつの間にか神様も東京から九州に引っ越していた。前々からやりたかった竹細工の勉強を本格的に始めるために。実家の家業を継ぎ、東京でずっと暮らすのだと思っていたけど、九州で暮らす彼を想像してみても、うん、しっくりきた。
 九州で暮らす彼が去年の夏休みにふらりと沖縄にやってきて、2週間わが家で暮らし始めた。ヨガを習得して、頼まれれば講師もしているという。顔つきは精悍になり、体の贅肉は削ぎ落とされ、肌は小麦色に焼けていた。東京で暮らしていた頃と比べて明らかに野性味が増し、サバンナの美しい動物みたいに思えた。それでも、おっとりとした話し方やくだらない話で盛り上がるのは昔と変わっていない。
 実家の食事会でもそこにいる全員が彼を好きになって、九州の話や竹細工の話を聞きたがった。人見知りのイタリア人の小さな女の子たちまでもが彼から習うヨガのポーズに夢中になった。言葉の壁なんて軽やかに越えて行くのが実に彼らしい。人に好かれ、その場に自然に溶け込み、いつの間にかみんなを幸福な気持ちにさせる。そういう能力が神様には昔と変わらずあった。
 
 あの兄ならば、一人も知人のいない村社会にまるでパラシュートで降下するように入っていけるかもしれない。そして、二、三年のうちには村中の全員とすっかり親しくなり、嫁さんを見つけて子供を作るくらいやりかねない。その翌年に村長選挙があれば、周囲から推されるように自然に立候補して、若者から年寄りまでの票をまんべんなく集めて当選してしまう。そういうことだって充分考えられる。―――『梯子の森と滑空する兄
 
 歯医者の待合室で気を紛らわせるために開いた週刊誌。一緒に暮らしたことのない兄がその雑誌のグラビアに載っていたことから『梯子の森と滑走する兄』の物語は始まる。5年も会っていない兄が四国の山村で村長に選ばれたという記事。兄は父親と再婚した継母の連れ子だから血の繫がりはないのだけど。
 兄は小学生のぼくをロックのコンサートに連れて行き、遊びに連れ出し、食事に行ってはいろんな話を聞かせてくれる。会う度に仕事が変わる兄は、どの仕事のときも重要で貴重な人材になっているらしかった。医療事務、救急隊員、花火師。そして、今度は村長。兄は「どんな制約も認めないで縦横に世を渡ってしまうような特別の人間である」
 
 久しぶりに神様と一緒に過ごした2週間はあっという間で、やっぱり楽しかった。彼の変わらない面と変化した部分を目の当たりにすると、自分の大切に残したいもの、変化したい部分がクリアになっていく。そして、進歩している人を見るのはすごくワクワクする。わたしも進歩したいと刺激を受ける。
 
 滞在中、神様は好きな人の話をした。
「可愛い人。お子さんが2人いるんだけど、子供たちとうまくやっていけるのかなぁって不安もある」
 神様なら絶対大丈夫だろうな。
 少し前、彼はその女性と結婚して美しい赤ちゃんが誕生した。SNSで見た写真には美しい女性と小さな赤ちゃん、2人の可愛いお姉ちゃんたちがニコッと笑っている。赤ちゃんの隣には神様が今まで見たことのない表情で写っていた。その顔には3人の子供の父親としての貫禄と自信が溢れていた。不安だった彼の表情はもうそこにはなかった。
 彼はまた、新しい環境で新しい自分を楽しんでいる。そして、彼の新しい家族は、ずっと幸せな進歩を続けていく。幸福でワクワクする家族写真だった。

(宮里 綾羽)
 
梯子の森と滑空する兄
池澤夏樹著 1990年 文藝春秋
配信申し込みはこちら
毎月第2/第4土曜日配信予定

【本日の栄町市場】

「栄町ミート」のご夫婦は市場で一番の美男美女カップルではないだろうか、と個人的には思う。2人で商売を始めて37年になるという精肉店。「はいさい食品」の通りと「備瀬食品店」の間にあるひめゆり同窓会の建物の1階に「栄町ミート」はある。同じ建物のように見えるけど、なにしろ栄町市場の造りは複雑だ。違う建物だったりして。
 ご主人はいつもポマードをたっぷり付けてロカビリーヘアをキメている。店長曰く、栄町の尾藤イサオ。うん、納得。奥さんも目鼻立ちのくっきりとした美しい人だ。もしかしたら、昔はポニーテールにバンダナを巻いていたかもしれない。さぞ、可愛らしかったのだろうな。
 店先でバーナーから勢いよく火を噴射させているご主人の姿をよく見掛ける。肉の残毛処理らしいのだが、それは市場に座り始めて、はじめて見る光景だった。ご主人は小さな肉にもバーナーをぶっ放してくれる。見学しているこちらは「か、い、か、ん」という感じ。
 天井から垂らされた金具に引っ掛けられた肉に向かい、体を仰け反らせて火を噴射させているご主人の姿はまるでロックスター。あ、ロカビリーか。マイクを持ち上げて歌っているようにも見えて、思わず黄色い声を出しそうになる。かっこいい。
 栄町のロカビリースターがいる「栄町ミート」、ぜひどうぞ。
宮里綾羽
沖縄県那覇市生まれ。
多摩美術大学卒業。
2014年4月から宮里小書店の副店長となり、栄町市場に座る。
市場でたくましく生きる人たちにもまれながら、日々市場の住人として成長中。
ちなみに、宮里小書店の店員は店長と副店長。
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2017©Ayaha Miyazato, Takashi Ito






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