20156月13日 天気:曇り

 

『新世紀へようこそ』

 朝から小雨がしつこく降り続ける。客が来ないどころか、店の前を歩く人もほとんどいない。栄町全体がスースーッと寝息をたてて寝ているような静かで薄暗い午後。
 ウーンと扇風機だけが忙しそうに首を左右に動かしている。ジメジメとした空気が肌にまとわりついてすっきりしない。晴れない気持ちのまま、読みかけていた『新世紀へようこそ』を開く。
 2001年9月11日の同時多発テロをきっかけに著者が発信し始めたメールマガジン。毎日メルマガを書く著者に読者が返信し、さらに著者が応答するといった内容だ。
 身勝手な大国、追随する国、根こそぎ奪われる者たち。著者の眼差しはいつも奪われる者たちに注がれている。
 読後、現在も変わらない著者の目線に安心感を覚えると同時に、更に緊迫した時代に突入してしまったという虚しさで頭が重く感じる。顔を上げるのも億劫になり、机に突っ伏すと止まったままの外の風景が目に入ってきた。あぁ、私の思考も同じように止まったままだ。考えが現実に追いつかない。いや、考えることに疲れているのか。
 
 市場に座り始めてから、何かと頼りにしている女性がいる。彼女の店で温かいお茶を飲みながらユンタクをする。いつものように植物が好きな彼女から花の名前や育て方を教えてもらう穏やかな時間。
 ふと会話が途切れたとき、彼女が1枚の古い紙を引き出しから取り出した。これ、読んでみる?その古い紙は彼女の叔母さんが88歳のお祝いをしたとき、出席者に配られたものだそうだ。叔母さんの経歴が書かれた紙は、赤茶けて所々セロハンテープで補強されている。ずっと大切にしているのがわかる。
 経歴には、旦那さんが1人でアルゼンチンに働きに出ている間、子供たちを立派に育て、家を守ったとあった。アルゼンチンから帰った旦那さんは村会議員をしていた。叔母さんは婦人会会長もしていたという。立派な経歴のご夫婦だったようだ。
 すごいねー、と紙を返す私に彼女が言った。
「叔父さんは、戦争ももう終わりという時、夜中に日本軍に引っ張られていって殺された」いつものように淡々と話すことに戸惑い、えっ?と間の抜けた声が出た。彼女は構わず話を続ける。
 英語ができたからスパイだと言われた。戦争はもう終わるからガマから出て、みんなそれぞれの家で寝ようと言ったことを密告した人がいたみたい。軍めーさー(軍好き)がいたんでしょう。
 叔父さんはガマから出た日の夜、久しぶりに自分の家で妻と子供たちと並んで寝ているところを突然叩き起こされ、離れた畑まで引きずられて殺されたそうだ。
 彼女はまだ10歳だったけど、翌日、叔父さんが殺された芋畑に行くと、たくさんの靴跡とたくさんの血痕があったことを覚えていると言った。その情景がずっと忘れられないの。
 お茶をありがとう、と言って店を後にしてからも彼女の話が頭の中でぐちゃぐちゃに再生される。夜中叩き起こされた場面よりも殺された場面よりも、荒らされた畑を前に彼女が佇んでいる姿が繰り返し頭の中に浮かぶ。
 彼女が見た風景を一緒に見ようとするけど、遠くから10歳の少女を見ることしかできなかった。
 いつも優しく、旦那さんと仲が良い。健康に気を遣い、植物が大好き。大きな声で笑う。毎日美味しいお茶を淹れ、お菓子を分け合ってお喋りする。それが彼女の日々だと思っていた。穏やかな日々。
 しかし、その人生の傍らには70年もの間、ずっと荒らされた風景が重く横たわっていたのだ。そのことに愕然として、憤りのようなものが頭を熱くした。
 
『新世紀へようこそ』のある読者のメール。
 1991年に短期間パキスタンのペシャワールでアフガンの人々と過ごしていたことがあります。
 
 私がいた病院のスタッフの一人は17歳の少年でした。彼の両親は、自分達の息子が「同胞を殺す」ゲリラに徴兵されることを避けるため、単身パキスタンに逃したそうです。
 あるアフガン人スタッフは言いました。「今我々の国で戦闘を繰り返している奴らは『ムジャヒディン(聖戦士)』でもなんでもない。彼らはただの人殺しだ。今の戦いは『ジハード』ではない。我々はこのような殺人者を憎む」と。
 
 私は現在カンボジアにいます。カンボジアではあのポル・ポト時代、人々の声は全く外に届けられる事はなく、ポル・ポト政権は国連で承認されさえしました。日本もちろん認めていました。しかし国内では本当に血も凍る大量殺戮が行われていたのです。———新世紀へようこそ』より
 
 カンボジアでの出来事、アフガンの人々、彼女と叔父さん。人間同士、同じ国の者同士でさえ殺し合う状況とはなんなのだろうか?そこまで突き進ませるものはなんなのだろうか?
 著者の「ポル・ポト体制への関心は人間の心の中にある暗黒への関心である」という一言は、私だって追いつめられてどちら側に転ぶか分からないという不安と恐怖を生んだ。
 世界中で起こった、今も起こっている膨大な数の悲劇の影には心の中の暗黒がある。
 憤ったのは彼女の記憶に対してではなく、思考を停止させる怠慢な自分に、暗黒を増長させる無関心に対してなのだと気づいた。

(宮里 綾羽)
 
新世紀へようこそ
池澤夏樹著 2002年 光文社
 
配信申し込みはこちら
毎月第2/第4土曜日配信予定

【本日の栄町市場】

 栄町に夜の帝王は数人、いや、自薦他薦を含めると数十人はいるかもしれない。しかし、栄町の昼の帝王はUさん一人ではないだろうか?
 誰もが昼の帝王と認めるUさんが出入りするお店は、靴屋、肌着屋、化粧品屋、鞄屋、洋服屋、、、食べ物を扱うお店以外はほぼ全店取引があったのだという。
 例えば、小書店の左隣のKさんのお店にお客さんが肌着を買いに来る→でも、サイズがない→すると、KさんがUさんに注文する→Uさんは、午後にはすーっと商品を持ってきてくれるのだ。
 卸屋さんと小売店をつなぐ人。つまり、仲介業者だ。でも、Uさんはただの仲介業者ではない。
 Kさん曰く、Uさんだから商品の数が少なくても調達できるというのだ。一枚でも二枚でもUさんなら調達できる。Uさんが仕事を辞める時は私も店を辞める時だよ、仕事が成り立たないさー。
 毎日Kさんのお店でコーヒーをすすりながらテレビを見るUさんは、一見、穏やかに見えるが、いざ、商品を頼まれるとスピードと正確さを大切にするなんともプロフェッショナルな敏腕仲介業者なのです(いや、時には無料で商品を調達することもあるらしいから、敏腕にしては優しすぎるような気もする)
 昼の栄町はUさんが支えているといっても過言ではないだろう!と私が言うと、右隣のJさんが「そーゆーことっ!!」と言った。

 
宮里綾羽
沖縄県那覇市生まれ。
多摩美術大学卒業。
2014年4月から宮里小書店の副店長となり、栄町市場に座る。
市場でたくましく生きる人たちにもまれながら、日々市場の住人として成長中。
ちなみに、宮里小書店の店員は店長と副店長。
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2015Ayaha Miyazato, Takashi Ito






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