20161225日 天気:晴れときどき曇り

 

『北への旅』

 年の瀬の賑やかな街をタクシーの窓から眺める。ヤシの木が煌びやかにライトアップされている様を見て、心が高鳴った。一瞬で流れていく光景に子供時代の幸福なクリスマスを思い出したから。
 父と母、妹と過ごしたバリ島でのクリスマス。ビーチ沿いに立ち並ぶホテルは、競うように艶やかなイルミネーションを纏う。
 家族で夜の散歩から戻るときに見た美しい煌めき。ヤシの木に巻き付けられた照明は陽気で明るかった。幼い自分が浮かれながら歩く姿が目に浮かぶ。眩い光に包まれた暖かくて幸福な切なさ。
 バリ島のクリスマスは、何度も観た映画の一場面みたいにわたしの中にくっきりと残っている。
 
 その時、ベッドの横の棚に置かれた小さなガラスの球がふと目に入った。中に小さな家と三本の木が入っている。地面に白い粗い粉が敷きつめられていて、家の屋根や木々も白いのはつまり雪のつもりなのだろう。彼はなにげなくそれを手に取った。小さいくせにずっしりと重い。彼がよく知っている品だった。それを手に持ったまま、彼は床に坐りこんだ。手の中のそれをじっと見た。まるで身体中から力が抜けてしまったようだった。知っている。六歳の時に彼はこれとまったく同じものを祖父に貰った。その時の驚きと喜びの記憶が速やかによみがえって彼を襲った。重いのはガラス球が水で満たされているからだ。ひっくりかえしてまた元に戻すと、ガラスの中に静かに音もなく雪が降るのだ。その雪の動き、地面を白く覆ってゆく無数の白い雪片を彼はよく覚えていた。手首をちょっとひねれば、まったく同じ光景が何度でも見られる。そう、知っている。よく知っている。―――『北への旅』より
 
 生物工学の事故で地球上の人類は一掃された。ひとり取り残された男は一年間過ごしたシェルターを出る。誰もいなくなった地球でものを考えないように、無感覚でいるように努めた男は狂うことなく、たったひとり地球で生き延び、最後のクリスマスを過ごす決心をして北へ向かう。
 無感覚のまま最後のクリスマスを完璧に遂行することに傾注していた男。最後に見た光景は彼の幸福だった記憶を呼び起こす。忘れていた遠い記憶。
 
 しかし彼は雪を降らせることができなかった。感情が激した。今まで、一年の間、ずっと一人ぼっちで誰もいないシェルターの中、誰もいない地球の上で生きてきて、目の前に見えるものすべてそのまま受け止め、意味を求めず、ただ身体を動かして自分を生かすことに専念してきた。そうやって作った心の硬質の殻が壊れることはないと自信をもって北へやってきた。いかにクリスマスごっこをしようと、いかにチキンがうまそうに匂い、いかに少年たちが「主は来ませり」と繰り返す澄んだ声が居間に響き、いかにツリーの明かりが美しく瞬こうと、彼は平気だった。しかし、これはアンフェアだ。彼が子供のときにもっとも大事な宝として葉巻の箱のいちばん奥にしまいこみ、一人の時にだけそっと取り出して何度となく雪を降らせてはながめたそのガラス球、それが、家の形から木の配置までが同じものが、ここにあるとは、それがツリーに電気を通じた時に彼の目を引くとは、これはあまりにも辛いプレゼントだ。―――『北への旅』より
 
 感情にとらわれないように努めてきた男は、幸福な記憶に触れた瞬間、感情の波に襲われる。彼は世界が終わる間際になってまでも、個人的な記憶に自分が捕われることに驚いたのではないだろうか。感情をコントロールして生きているつもりでも、不意の出来事に制御できない自分。
 人をその人たらしめているものとは、一体なんなのだろう。 
 それは、忘れている小さなものたち。幸福の欠片。
 すべての人がそれぞれを形成する営みや記憶を持っている。
 
 クリスマスが近いというのに、数日前から再び夏日に戻っている。昼間は陽射しが強く、少し動いても汗ばむほどだ。小書店の向かいの店主Kさんが本棚の前に飾ってくれた立派なツリーも季節外れに見える。「ツリーはまだ出すべきではなかったし、扇風機はまだ仕舞うべきではなかったねー。まるで夏だ。夏のクリスマスだ」
 今年のクリスマスも、いつかのわたしを形づくる幸福の欠片になるのだ。

 
(宮里 綾羽)
 
北への旅
池澤夏樹著 1995年 文藝春秋
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毎月第2/第4土曜日配信予定

【本日の栄町市場】

 小書店と同じ通りにある「与那嶺靴店」。与那嶺のお母さんは、いつも痛そうな足を庇いながらゆっくり歩く。11時過ぎくらいに「お茶できたよー」と、お母さんが急須を手に店に入ってくると、わたしはコーヒーカップを差し出してお茶を淹れてもらう。そして、少しお喋りをすると、やっと店番がはじまるぞーという気になるのだ。
 お母さんはとても穏やかな人で、エプロンをしていて、髪はいつも綺麗に纏めている。おやつはクラッカーと決まっていたようで、お裾分けにいつも13枚1パックの袋をもらって恐縮した。「いいのよ、おいしいから食べてね」
 与那嶺のお母さんが休みがちになって、娘さんやお父さんがよく店番をするようになった。誰かの介護で忙しいらしいと聞いていたし、たまにお店に出てくる彼女に変化は感じられなかった。
 だから、お母さんが亡くなったと聞いたときは、心底驚いて現実味がなくて涙も出なかった。
 与那嶺のお母さんが亡くなってから、すぐにお父さんが店を開けるようになった。もう少し休んでいいのにと言われるたびに、「こっちにいるほうがいいんだ」
 四十九日が終わったころ、市場の人が話してくれた。「癌だったって。ずーっとわたしたちにも言わなかったよ。家族にも固く口止めしてた。でもね、必ず治して店に戻るって言ったんだって。それで頑張ってたってよ」
その話を聞いて、市場の人たちとはじめて泣いた。大人なのに嗚咽が出るほど泣いた。
 最近、与那嶺のお父さんとお母さんの話をした。
「お母さんがおはよーって急須を持ってくる気がする。ふと、そういう気配を感じる」とわたしが話すと、「うん。いつもねー、ここに座っている気がしているよ。ここで笑っているはず」
そう言って、お父さんは空いている椅子を指差した。うん、わたしにも笑っている与那嶺のお母さんが見える気がする。
宮里綾羽
沖縄県那覇市生まれ。
多摩美術大学卒業。
2014年4月から宮里小書店の副店長となり、栄町市場に座る。
市場でたくましく生きる人たちにもまれながら、日々市場の住人として成長中。
ちなみに、宮里小書店の店員は店長と副店長。
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2016©Ayaha Miyazato, Takashi Ito






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