2015627日 天気:晴れ

 

『バビロンに行きて歌え』

「日曜日にヤンバル行ってきたよー。ものすごい土砂降りだったさー。いちばん好きな兄さんの葬式。那覇の葬式みたいに人がいーっぱいだったよー」
 いつものように、両手を後ろで組んだ彼女が小書店の間口で話しはじめる。
 その口調に悲壮感はなく、いつものお喋りと同じで淡々としている。
 例年よりも遅くやって来た梅雨は、それまでの遅れを取り戻すように必死になって雨を降らしていた。大きな雨音が彼女の声を掻き消してしまわないか心配になった。
 
「友軍に殺された叔父さんがいたでしょう?その人の長男よ」
 友軍とは日本軍のことらしい。戦争が終わる直前に日本軍にあらぬ疑いを掛けられ殺された叔父さんの話は前回書いた。
「K兄さんは、頭が良くて師範学校に通っていたのよ。ヤンバルから師範学校のある首里には遠くて通えないから下宿していた。ヤンバルに帰ってきたときには、すぐに会いにいったよー。ウフヤー(一族の本家)には蓄音機があったから、兄さん、蓄音機聴かせてーってお願いしにいきよった」
 蓄音機を聴くためには、針を研がないといけない。割れた器で針をこうやって研いでさー。まるで目の前で針を研いでいるような仕草で話を続ける。
「でも、兄さんにも招集がかかって。戦争終わって南部で解散させられて、友達と3人で歩いていたら一番先頭を歩いていた人が地雷を踏んだって。先頭と真ん中の人は即死だったみたいよ。兄さんは一番最後を歩いていたらしいのよね。倒れてるところをアメリカーが拳銃でこんなやって、こんなやって。そしたら息があったから助けたみたい」
 彼女が指で拳銃の形をつくり、左右に小さく揺らす。倒れている兄さんの顔に米兵が銃口をあてて生死の確認をしている姿が目の前にぼんやりと浮かんだ。
 
「帰ってきたら、おじさんは殺されてるさーね。兄さんは地雷の破片で目も片っぽは潰れて、口から首まで裂けてひん曲がってたよ。本当は教師になるはずだったのに。人前に立てなくなってそれは諦めた。ずっと農業やっていたよー」
 兄さんは鏡を見ただろうか?男の人だから気にせずに見たかもしれない。
 自分の顔を見るたびに思い出す友人がいたかもしれない。
 でもさー、子供7名に孫が2、30名いたよー。幸せな人生だったはずよー、と頷きながら話す彼女。それを聞けて胸を撫で下ろす自分がいた。
 
バビロンに行きて歌え』は内戦中の異国から逃がされた若い元兵士の物語だ。
 東京に捨てられ、パスポートもなく暮らし始める。
 言葉もわからない東京で彼を通り過ぎていった人々。
 思い出すのは故郷の記憶。戦場の匂い、音、破片。
 しかし、彼は東京で音楽に出会い変わりはじめる。
 戦場にいる夢を見なくなった。殺された友人の夢を見なくなった。
 歌声を褒められた彼は言う。
 
「そうじゃない。ぼくの歌じゃない。歌うのはぼくじゃない。死んだ強い兵士。死んだ子供や女や老人。みんな、ぼくの口で歌う。ぼくは声を貸しているだけ。それでも、伝えられない。言えないこと、たくさんある」
———バビロンに行きて歌え』より
 
 音楽は傷を癒してくれる。救われなかった魂を浄化させてくれる。残された人々を赦してくれる。
 しかし、戦渦の中にいる人を音楽が満たすことはあるのだろうか?
 人に銃口を向けるとき、銃口がこちらに向いているとき、音楽は鳴るのだろうか?
 
 兄さんが戦争から帰ってから、再び蓄音機でレコードを聴くことはあったの?
 彼女に聞いてみたいが、答えを聞くのが怖いような気もする。
「蓄音機大好きだったけど、あの蓄音機でなんのレコードを聴いていたのかねー。なんにも覚えていないさ」
 そう言った彼女の店からはいつもラジオの音が漏れ聞こえてくる。
 今日聞こえてくるのは軽快なジャズピアノの音色だった。

 
(宮里 綾羽)
 
バビロンに行きて歌え
池澤夏樹著 1993年 新潮社
 
配信申し込みはこちら
毎月第2/第4土曜日配信予定

【本日の栄町市場】

 栄町市場で座るようになってから、「ブレンド、お願い」という台詞を使いこなせるようになった。
 ブレンドするのは、コーヒー?お酒?違う、出汁なのだ。
 小書店の裏通りにある「O鰹節店」。市場内でもトップ5に入るであろう広い店内には、種類豊富な乾物が所狭しと並ぶ。
 市場に座るまでは、多くの沖縄人がそうするように、毎日鰹節でせっせと出汁を取っていた。
 しかし、ある日気がついた。O鰹節店では常連のおばあさんたちがブレンドしている、ということに。
 おばあさんたちは、「いつもの、ブレンドで」という台詞をさりげなく使う。
 O鰹節店のおばさんに「私もブレンド」とオーダーしてみた。ブレンドした粉末は、みそ汁だけでなく、チャンプルー、ふりかけにも使えるという。
 おばさんに相談に乗ってもらいながら、自分のオリジナルブレンドを完成させた。鰹、椎茸、アゴ、鰯、ごまの五種類を粉末状にするのだ。
 最近では、市場内でお互いのブレンドを交換したりもする。ブレンドで市場のトレンドがわかるかもね、、、。

 
宮里綾羽
沖縄県那覇市生まれ。
多摩美術大学卒業。
2014年4月から宮里小書店の副店長となり、栄町市場に座る。
市場でたくましく生きる人たちにもまれながら、日々市場の住人として成長中。
ちなみに、宮里小書店の店員は店長と副店長。
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2015Ayaha Miyazato, Takashi Ito






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