2015822日 天気:くもり

 

『エデンを遠く離れて』

 甲子園が終わってしまった。
 沖縄人は甲子園が大好きで、沖縄代表の試合時は仕事も手に付かなくなる。
 日曜の試合以外、両隣の店主と一緒にテレビの前で応援した。接戦のいい試合ばかりで、その分、甲子園が終わってからは気が抜けたようだ。
 ここ数日の甲子園一色で熱くなっていた体に新鮮な風を吹き込みたくて、『エデンを遠く離れて』を選ぶ。
エデンを遠く離れて』は、文明に身を置きながら、科学的考察から自然や宇宙、恐竜に思いを馳せる。ロマンと想像力に溢れ、いつ読んでも鳥のように俯瞰した視点で物事を見ることできる極上のエッセイ集だ。
 その中の「生き返らなかったねこ」は『百万回生きたねこ』をはじめて読んだ著者がその内容に感銘を受け、現代人が必要以上に死を畏れ、死に向き合うことを避けていると指し示す。
 
 このエッセイを読むと、私は大好きなKおばちゃんのことを思い出す。
 Kおばちゃんは三姉妹の長女。私の母は末っ子だ。服装から性格まで全然タイプの違う三姉妹だったがとても仲が良く、私が保育園に通っていたころは一緒に住んでいたほどだ。
 一緒に住むといっても、Kおばちゃんが保有するマンションにうちの家族と次女のYおばちゃん、そして祖母がそれぞれ一室ずつ部屋を借りていたのだ。
 大きなマンションで階はバラバラだったが、毎日、歳の離れたいとこたちの後を追いかけてマンション内を縦横無尽に走り回った。これから先もあんな大家族みたいな暮らしはできないだろう。毎日が賑やかでお祭りみたいな日々だった。
 やがて、みんなマンションから出ていき、そのマンションもなくなってしまったが、いとこたちとは今でも姉妹のような関係が続いている。
 それも全てKおばちゃんのお陰だ。祖母は長い間入院生活をしていたし、祖父はもとから一人暮らしが長く、八十歳を越えてなお、家を建て替えるほど独立心旺盛な人だった。だから、Kおばちゃんがこの大家族の長みたいな存在だった。
 長という言葉から連想するような男勝りなところはなく、容姿から仕草まで女性らしく上品な人。そして、驚くほどの美人だった。
 頑固で気難しいところもあるとみんなは言ったが、一番小さな私や妹をいつも甘やかして味方でいてくれる優しい叔母だった。
 父や母とうまくいかないときは、Kおばちゃんの家に泊めてもらうのが常だった。いつも私の逃げ場所でいてくれた人。
 
 彼女が癌だと知ったのは、もう手遅れと言われる時期に差し掛かるころだった。随分前に初期の段階で発見されていたが、彼女は誰にも言わずに隠し続けていたのだ。
 みんな、治療もしくは手術をして少しでも延命することを望んでいた。
 しかし、彼女は治療も手術もしないと断言した。誰の説得も聞き入れずに、在宅治療の後にホスピスに入ると。あまりに頑で、なるほど、とてつもない頑固者だと思った。
 ホスピスに入る前にはもう歩くこともままならなくて、食事を摂ることも辛そうだった。言葉も小さくて聞き取れない。
 家にいる時でさえ姿勢を崩さず優雅にガウンを引きずるような人だったから、その変化がみんなを戸惑わせた。
 ホスピスでも最初は車椅子に乗せてもらったりしたが、すぐにベッドから起き上がることはできなくなった。
 食事も点滴も拒否した彼女の頬は痩け、人相はすっかり変わってしまった。
 みんなをうっとりさせた横顔も綺麗な微笑みも消えていった。
 私たちは病室で彼女の好きな美空ひばりを流し、雑談をして、食事をして、たまにラジオ体操なんかをして過ごした。
 仕事帰りに彼女の顔を見ながら、いとこたちと病室で過ごすのは昔賑やかだった大家族の日々を思い出させた。
 しかし、車の中で一人になるとどうしようもない不安が充満してむせてしまいそうだった。あの時期、私たちは死の恐怖を紛らわしながら毎日を過ごしていたと思う。
 
 今、人はみな、死というものを単に生きていることの終わり、断絶、スイッチ・オフだとしか思っていない。それをただ先に延ばそうとしている。真剣に考えることをしないでひたすら逃げまわっている。死そのものを恐れる一方で、その準備は誰もしない。苦痛に対して、病気に対して、そして死に対して、人はすっかり臆病になってしまった。何かが満ちていった結果の、静かな終わりとしての死という図は誰の頭にもなく、ただ生命の強奪という暴力的なイメージしかない。
———エデンを遠く離れて』より
 
 
 そう、死とは恐怖であり、できるだけ考えたくないものだった。
 だけど、彼女の死がいよいよ近づいてくると、私たちも死と向き合わざるをえなくなった。
 最初、彼女がそのような死に方を選んだのは、彼女の高い美意識やプライドから来るものなのかと思っていた。
 と、同時にあれだけ美しさにこだわった彼女が、なぜ刻々と衰えていく姿を私たちに見せることができたのだろうという疑問もあった。
「生き返らなかったねこ」を改めて読み、この一文に目が止まった。
 
 世の中にはどうしても人まかせにできず、あらかじめ自分自身でとことん考えておかなくてはならない問題もある。そういう問題を肩代わりしますというキャッチフレーズには気をつけた方がいい。入学試験を替え玉で済ませるような具合に、死への準備を専門家たちに任せるわけにはいかない。
———エデンを遠く離れて』より
 
 彼女の死から何年も経ち、私たちは彼女を奪われたのではなく、死の準備をした彼女から「死に方」を見せてもらった、与えられたと思うのは図々しいだろうか。

 
(宮里 綾羽)

 
エデンを遠く離れて
池澤夏樹1994年 朝日文芸文庫
 
配信申し込みはこちら
毎月第2/第4土曜日配信予定

【本日の栄町市場】

 シーブンとはおまけのこと。
 栄町市場に座り始めてシーブンの凄さを知った。
 最初はそうでもなかったと思うのだが、通えば通うほど増えていく。
 いつも買い物をするA精肉店で「ひき肉500円、Bロース(肩ロース。脂身が多い。ちなみに、Aロースはヒレ肉と並ぶ豚肉の最上部位。脂身が少ない)500円分お願い!」と注文して仕事終わりに引き取りにいく。市場の肉は本当に美味しい。そして、量が多い。
 家に帰り袋を開くと、ひき肉500円分とBロース500円分に加え、Bロースが1,000円分ほどシーブンで入っている。
 シーブンが本分?を凌駕しているというかなんというか。
 最初のころは、なんだか申し訳なくて肉を多めに買ったりもしたのだが、それと比例するように、いやそれ以上にシーブンも多くなる。
 あるとき、A精肉店のMさんに「こんなにシーブンもらってへんなーだよ。ちゃんと料金取ってよー」と言うと、「いいよ、店長から多めにもらってるから!」
 さっそく店長に確かめてみると、店長もいっぱいシーブンしてもらっている様子。
 もしかしたら、精肉店が卸の業者からいっぱいシーブンしてもらっているのかな?卸業者は養豚場からいっぱいシーブンしてもらっているのか?シーブンの謎は深まるばかりだ。
 シーブンは市場の面白さのひとつ。スーパーでは絶対に味わえないコミュニケーションと幸福感が詰まっている。

 
宮里綾羽
沖縄県那覇市生まれ。
多摩美術大学卒業。
2014年4月から宮里小書店の副店長となり、栄町市場に座る。
市場でたくましく生きる人たちにもまれながら、日々市場の住人として成長中。
ちなみに、宮里小書店の店員は店長と副店長。
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2015Ayaha Miyazato, Takashi Ito






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