20151128日 天気:曇りときどき晴れ

 

『インパラは転ばない』

 歩き疲れて見えた景色は、まるで中国の水墨画だった。目の前に背の高い山々が連なり、柔らかい光が当たって輪郭がぼやけている。薄い影が儚く美しかった。
 二時間ほどかけて登った山頂は一面真っ白い砂で覆われ、空に浮かんだ砂浜か砂漠に佇んでいるような錯覚に陥る。
 
 山に登ろうと言ったのは親友のBだった。
 気ままな学生時代を卒業し融通の利かない毎日に戸惑っていた私は、週末の山登りの提案を喜んで受け入れた。東京を離れることが気を張った日々と自分を切り離してくれると思った。
 登山を経験したことのない私たちは、最初、猿が顔を出したことに驚き、はしゃぎながら山を登った。しかし、山頂に近づくにつれ口数は減り、猿が何匹出てこようが驚くこともなくなった。考え事をする余裕なんてなく、無心になって足を前に進めた。
 
 動物は下を見ては歩かない。動物には足が四本あるから、転ぶということがないのだ。豹が獲物を追って走る時、その目はひたと前を向いている。追われる側のトムソン・ガゼルやインパラにしても、足元を確かめたりはせず、真正面を見たまま必死に、しかし優雅に、跳躍する。彼らが走るところは広大なサヴァンナであって、決して舗装道路ではない。起伏がはげしく、草は繁り、さまざまな障害物に満ちているだろうに、野生動物はひるまず、美しく、走る。
———インパラは転ばない』より
 
 山頂の砂漠は雪崩のあとのように、登ってきた山道の反対側に豪快に流れていた。帰り道の半ばまで砂の急勾配は続いている。
 Bと私はその斜面を駆け下りた。
 砂の斜面を走れば走るほどスピードは加速する。砂に足を取られ、転びそうになるが、それでも足は止まらない。
 野生動物のように美しく走ることはできなかっただろうけど、私たちは足元も見ずに滑稽な姿勢のままでひたすら走り続けた。
 走り抜けた私たちは、息を切らしながら、それでもなぜか笑いが止まらずにゲラゲラとその場で笑い転げた。
 
 都会の街並は雑然としていて見てもおもしろくないが、人を見るのはおもしろい。他人とすれちがう一瞬の間に互いに容貌や着るもののセンスを評価する。時には一秒だけ憧れたりする。それが都会のゲームだ。そういう個人の魅力を積み上げて、街の雰囲気が作られる。お化粧やファッションがここまで発達したのは、みんなが胸を張って歩けるほど道が平らだからである。
———インパラは転ばない』より
 
 私もBも知らず知らずのうちに都会のゲームに参加していたのかもしれない。他人の評価を気にして、時には他人と自分を比べるような生活。美しく舗装されて魅力的だけど息の詰まる都会の道。
 山道ではどんどん無心になっていく自分がいた。というか、何かを考える余裕なんてなかった。ただ山頂を目指すだけ。
 黙々と歩くこと、全速力で走ることがこんなにも爽快だったなんて、長い間ずっと忘れていた。

 
(宮里 綾羽)

 
インパラは転ばない
池澤夏樹1990年 光文社
 
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毎月第2/第4土曜日配信予定

【本日の栄町市場】

 夕方になると市場の中を行き交う人が増える。
 夜の栄町市場は静かな昼間とは雰囲気がガラリと変わる。異国の小さな夜市にでも迷い込んだようだ。
 屋台のように小さなテーブルと椅子が狭い路上にはみ出す、いや、堂々と並べられている。週末にもなると、混雑と言っていいほど人が溢れて前に進むのが難しいくらい。
 夜の市場にたまに出掛けると、知らない顔ばかり。昼と夜では本当に別の顔だなぁ、と思っていると、あい!と合図してくる人がいる。
 肉屋のおじさんだ。昼間は無口で一度も声を聞いたことがないほどシャイな人だ。いつも店の奥に座っているか、市場のあらゆる場所の隅っこでそっと座っている。
 その隣には商店のおじさん。昼はバイクで配達する姿をよく見るが、今夜はギターを搔き鳴らしている。
 人も市場も昼と夜とは別の顔。人も市場も色んな顔があるほうが面白い。多分。
宮里綾羽
沖縄県那覇市生まれ。
多摩美術大学卒業。
2014年4月から宮里小書店の副店長となり、栄町市場に座る。
市場でたくましく生きる人たちにもまれながら、日々市場の住人として成長中。
ちなみに、宮里小書店の店員は店長と副店長。
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2015Ayaha Miyazato, Takashi Ito






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