2015523日 天気:雨

 

『イラクの小さな橋を渡って』

 栄町市場には個性豊かな人々が集まる。しかし、Tおばさんほど強烈な個性を持つ人を私は知らない。
 栄町市場で南米料理のレストランを営む彼女が作るエンパナーダ(具入りのパン)は絶品で、何十年もその味は変わらない。材料も家賃も高くなる一方だが、おばさんのエンパナーダはずっと250円の据え置き価格だ。
 英語はもとより、スペイン語にも堪能。弱き者には優しく、強き者には厳しい信頼のできる人だ。南米の空手マンたちが彼女を頼って沖縄に修行にくるという。沖縄キューバ友好協会の会長も務めているらしい。ここまで書くと、なかなか謎の多い女性だ。
 Tおばさんは、キューバのカストロ元議長を尊敬している。店では時おり、16インチのブラウン管からカストロの演説が字幕もないまま流れてくる。「なんて言ってるの?」と質問しようものなら、同時通訳が始まる。しばらくすると、カストロの身振り手振りがおばさんに憑依して、やがては彼女の演説になる。
 そのTおばさんとカメラマンの嘉納辰彦さんが出版した『クーバミスタ アジマー』。
 キューバの沖縄移民百周年祭の様子とキューバの沖縄人たちのポートレートを収めた写真集だ。
 キューバまでどのような経緯で人々が渡っていったのか、第二次世界大戦中、実質的にアメリカの植民地統治下にあったキューバで敵国人として収容所へ収監されていた移民たちの悲しく困難な歴史を教えてくれる。
 キューバに住む沖縄人たちのポートレートは、世代や国境、過酷な歴史を飛び越え、温かな笑顔でこちらに迫ってくる。
 
 戦争が起きたとき、そこにどのような人々が住んでいるのか、どのような生活があるのか知ろうとする人がどれだけいるだろう。侵略され、生活を脅かされ、差別された人々の顔を私たちは知らない。
 生活を奪われた人々は数字で消費され、ニュースで消費され、ひと時の同情で消費され、消費され、消費され尽くされる。
 私たちは、消費された人々のその後の人生を考えるだろうか?遺族たちの悲しみをいつまで覚えているだろうか。


 
イラクの小さな橋を渡って』。2002年秋、米軍の攻撃前夜のイラクを訪れた著者は、豊かな文化を物語る遺跡を巡り、陽気な人びとと出会い、滋味深い食べ物に舌鼓を打った。そして、私たちと同じ普通の人びとの頭上に爆弾が降ることを止めたいと奔走し、急いでこの本を出版した。
 
 普通の旅行者として行ったのだから、日常的なものしか見られないのは当然だが、そのイラクの人々の日常の姿こそぼくに強い印象を残した。この人たちの上に爆弾が降るというのはとても理不尽なことのように思われた。———
 だから、自分の目で見ようと思ってぼくはイラクに行った。バグダッドで、モスルで、また名を聞きそびれた小さな村で、人々の暮らしを見た。ものを食べ、互いに親しげに語り、赤ん坊をあやす人の姿を見た。わいわい騒ぎながら走り回る子供たちを見た。そして、この子らをアメリカの爆弾が殺す理由は何もないと考えた。———イラクの小さな橋を渡って』より
 
 イラクの人々に対する著者の目はどこまでも優しい。
 イラクの人々の穏やかさ、謙虚さ、慎ましくも心豊かな生活、気高い信仰心を伝えてくれた。そして、彼らが空爆の犠牲になったかもしれないことも。
 写真の可愛らしい子供たちの笑顔を、誰が奪うことができるだろう。
 家族を愛し、日々の生活を生きている私たちと何が変わるというのだろう。
 こういったかけがえのない宝を一瞬にして奪う恐ろしいもの。それが戦争。
 この本を開くたびに、自分の無力さに虚しくなる。
 しかし、著者やTおばさんのように、キューバに住む人々の笑顔やイラクの人々の生活に突き動かされ、伝えようとする人がいることに奮い立つ自分も今はいるのだ。
(宮里 綾羽)
イラクの小さな橋を渡って
池澤夏樹・本橋成一共著 2003年 光文社
 
『クーバミスタ アジマー
金城艶子・嘉納辰彦共著 2009年 沖縄キューバ友好協会
配信申し込みはこちら
毎月第2/第4土曜日配信予定

【本日の栄町市場】

 本日も栄町市場には、さまざまな音が溢れる。
 チンダミ(調弦)のおかしい三線の音色、カラオケ教室から聞こえる壮大な中島みゆき、向かいの店主が垂れ流すテレビからは大袈裟な笑い声。右隣のカバン屋の店主は常にラジオを聴いている。今日は浪曲のようだ。
 15時になると、それらすべてを飲み込むようにうちなーぐちバージョンのラジオ体操が流れてくる。
 細い道々に市場の人々が出てきて体を曲げては伸ばし、腕を大きく回す。
 道往くお客さんは体を小さく屈ませ、「すみませーん」と申し訳なさそうに市場の人々の前をすり抜けていく。
 うちなーぐちバージョン・ラジオ体操第2が終わると、自然発生的に拍手が起こる。不思議な連帯感が生まれたところで、みんなそれぞれの店へと帰っていく。 
 この拍手を聞くために、私は今日もラジオ体操に参加する。
宮里綾羽
沖縄県那覇市生まれ。
多摩美術大学卒業。
2014年4月から宮里小書店の副店長となり、栄町市場に座る。
市場でたくましく生きる人たちにもまれながら、日々市場の住人として成長中。
ちなみに、宮里小書店の店員は店長と副店長。
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2015Ayaha Miyazato, Takashi Ito






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